twitヘッドライン!

2008/11/30

断髪 (動画あり)

2005年夏よりヌクヌクと育ててきた髪の毛を今日切りました。

ここ4年以内に知り合った人たちは私の髪型のイメージしかないかと思いますが、今ボウズです。

過去の写真と見比べるとだいぶ育っていたんですね。

その髪の毛を切るまでのレポートをさよなら記念としてここに記しておきます。


まずはビフォアー!


正面





なにか乗っかってますね。
数時間前まではこんな感じだったのに、今みると、何て邪魔なものが4年間ちかく乗っかってたんだって思ってます。

それじゃ断髪の一部始終を動画でどうぞ。




見ていただければ分かるように、一人で撮影を行いましたのでかなりアットホームです。


それじゃアフター行ってみましょう。

正面




だいぶすっきりしました。
かれこれ6年ぶりの坊主です。
この後すぐにバリカンにて3mmへ切りそろえたのですが、風呂に入って久々にごしごし頭皮を洗ってやりました。
シャワーを直に頭皮へあてると、声にならない声と全身鳥肌が・・・。
相当敏感になってました。

これだけ頭皮を虐めていたので、何か後遺症は残りそうだなとは感じていましたが、坊主にしてみると毛が渦巻いていた場所は若干赤く、ブロックごとに転々としていました。
そしてその上に生えている部分には小さいつむじが点在している状況に。。。。
その関係で頭がぼこぼこしてるみたいに。。。。
今までドレットで毛の生える方向が小さく区切られている上に渦巻いていたのでその名残が残ってるみたいです・・・。頭のセンターラインがぼこぼこ男の誕生です。

まぁそのうち何とかなるでしょう。

それよりも頭がかなり軽くなりました。
あと風呂がスゲー楽。
週一だったシャンプーもこれからは毎日できます。帽子もかぶれます。
少し名残惜しい気持ちもありますが、まぁこれはこれでいいかなと。


んで、切った髪の毛の本数を数えてみました。

37本ありました。
一番長い毛を測ってみたら38cmありました。
重さはハカリが無かったので測定できなかったけど、300gはあったんじゃなかろうか。
もしくはそれ以上かも。

こう見ると、結構な量があったんだなぁなんて思ってましたが、まとめてみると。


結構コンパクトに、なりました。
頭についている時はなんだか生きている気がしていたけど、こうして頭から切り離すと急に魂が抜けた感じがします。
なんだか切ない・・・・

ともかく私は坊さんみたいな頭になりました。
これからもよろしくおねがいします。


PS、写真で着ている服は、高校のときのガクランです。
正装しようと思ったけど服が無かったので着ました。深い意味は特にありません。




2008/11/28

Flickr

This is a test post from flickr, a fancy photo sharing thing.

2008/11/26

畜生!!

GT−X770でパノラマ写真がスキャンできん!
マック版の管理ツールがしょぼいのか!?そんな事は無いと思うんだけど・・・。

せっかく現像したのにフォトショップかなんかで合成しなくちゃなのか!
気がついたら夜中じゃないか!

パノラマって馬鹿にしてたけど結構構図が面白い事になるんですね。

違ったフォーマットでもやってみるもんだなぁ。

馬鹿にしてるわりにはmamiya7のパノラマキットを金を出して買ってる辺りが俺のかわいい所です。






2008/11/24

八百万の神

だんだん大人になるに連れて、物に対していい意味で執着しなくなってきてると思い始めてきた。

余計な物は買わなくなってきてるし、いい物は長く使ってる。(と思う。)

やっぱり物はいい物をかって長く使うに限ります。

現代もなお使い捨て文化が蔓延ってますが、どうなんでしょうか。ペットボトルとか毎日すげー捨ててますけどあれってどうなってんの?
ゼルダの伝説のリンクさんみたくマイ瓶を3つくらい持ち歩く方がいいんじゃないかと最近は本気で思う。
みどりの薬や妖精とかの代わりに、麦茶とか入れていけばいいよ。
コンビニでも量売りでさ。

ペットボトル業者は非常に困るかもしれないけど、国が援助して瓶業者になってもらえばいいよ。なんかすごく無責任な話だけど、今のペットボトルを含んだ消耗品の個人消費量って異常なんだと思う。
消耗品って言葉自体が安易に使われすぎてるんだと思います。

話がずれましたが、なんで今日そんな事を言い出したかというと、先日も書いたのですが、現在、私が所有するPCの中でもノート部門でメインを張っている、HPの2133が故障しやがったので、5年前の12インチ PowerBook G4 867MHzモデルを引っ張りだしてみたんです。

買って数ヶ月後に、同じ値段でスーパドライブがついたモデルが発売されたのはご愛嬌のこのモデル。5年前のモデルなのにすごくいいんです。

いきなりですが、ノートPCはキーボードが命である。と思うんです。
HPの2133もフルキーボードな所に引かれて購入しました。
でもPowerBook G4のキーボードってかなりいいのんです。
テキストをメインで使うんだったらこっちの方が俄然いいのです。
キーボードの作りが全然dん安っぽくない!
そしていい心地のタッチ感!押し込みが浅すぎず、深すぎず!確かに押したという満足感!

今は英字配列派になった私としては、PowerBook G4の英字配列を購入しておけばよかったと若干の後悔はしておりますが、また据え置きながらももう少しPowerBook G4をテキスト用に使い続けようと心に誓ったのでした。

PCなんて今でこそ性能が上がってるけど、テキスト入力なんて高いスペックなんて必要ないしね。
そう言えば今日、ポメラを使ってる人を見たけど、あれが英字配列で値段が1万ちょいくらいなら、購入を本気で考えるかも。
もちろんキーの感触は確認しますけどね。




私がiPhoneにした理由2

なぜ故に携帯電話は最小機能でいい派の私が多機能で騒がれてるiPhoneにしたのか。

携帯は持ってるし、iPodも持ってる。
別にiPhoneじゃなくてもあまり不自由はしない。
でもなぜiPhoneなのか。

理由はいくつか存在する。

・GPSがついてる。
・すてきなアプリがたくさんある。
・iPhoneがアメリカで発売した時すごくうらやましかった。
・appleスピリッツが詰まってる。
等々。

その中でもGPSがかなりでかい。GPSがついてなかったら多分買ってない。

今までの携帯にもGPSがついていたけど、その用途が圧倒的にiPhoneには勝てないのです。

まず、私がGPSが好き。まずそれ。
だってGPSって衛星とリンクして、現在地を割り出すんですよ?
かなりサイエンスじゃないですか。

当時、GR Digitalを購入し、バイクにまたがりいろんなところに行って写真を撮るのが趣味だった頃に買ったSONYの機器がある。
GPS−CS1Kという品番のこの機械はスイッチを入れると数秒ごとにGPSを使って位置情報のログを撮り続けるだけの機械。
本当にこれ以上の機能はこの機械にはついてなかった。
これをどう使うかというと、内部時計とデジカメの時計を合わせておくと、デジカメで撮った写真情報とGPSのログとを照合し、付属のPCソフトと地図アプリでどの時間にどの場所で撮った写真かを地図上に表示してくれるというもの。
俺はたしかこの機械に1万2千円をはたいた。
しかし一年もしないうちにホコリをかぶっている状態に。

GPS−CS1K全然使ってない・・・。

だって思った以上に面倒で、精度もそんなに高くないし、少し隠れただけで衛星からロストしてしまうんだもの。
俺がプログラムとかを書ける人だったら、このログを使ってgoogleマップ上に位置情報を重ねる事もできるかもしれないけど、俺はそんなプログラムが書けない。

そんなこんなで俺はGPSライフに満足していなかった。
携帯にもGPSはついてたけど、あくまでも地図に使うツール!色が強かったし、GPSは地図の為に!という使われ方があまり好きじゃない。

それじゃiPhoneでGPSはどういう使われ方をしているのかだ。
もちろん、標準アプリのマップでgoogle map上に現在位置を表示するのは当たり前だが、iPhoneで撮った写真にはユーザー任意で位置情報を付ける事ができる。
そして、有志が作った作ったアプリと連携させる事により、これをgoogleマップでどの場所で撮った写真なのかをiPhone上で確認する事が可能なのだ。
まさにスパイの秘密道具みたいではないか!

GPS好きとしてはこれがたまらない。
正直何処がすごいのかを文章にするのが面倒なので、飲みながら一晩かけて話したいくらいだ。

これがあれば本当に何処にでも行ってしまいたくなってくる。
今年の春は東北辺りに出かけよう。



ココまで書いてきたがやっぱり何がすごいのかと言えば、一つの要素から広がる無限の連携。
ユーザー次第ではいろんなツールになりうるのがiPhoneだと言うところ。
タッチダイアモンドやら、アンドロイドOS搭載の携帯やらが出てきそうな昨今ですが、なぜその中でもiPhoneなのかと聞かれれば、それはやっぱりAppleスピリットが詰め込まれたツールだからだし、生活に見事にとけ込んでいる今のiPodの様に、そうなるべくして送り込まれたツールだからです。

某タレントさんが、iPhoneの事をボロクソに言ってる記事を見たが、根本的な論点が違うのだからしょうがない。
その人は、メールは打ちにくいし、とにかく使い憎にくい!!と。
しかしiPhone自体そう言う目的で作られた携帯電話ではないのです。
そもそもiPhoneは英語圏で使われる事を想定したスマートフォンで、日本語入力であればテンキーに勝てないと思います。
そう言う人ははじめからiPhoneを選ばなければいいのになと。
iPhoneで何ができるのか。何がしたいのかがわからない人は持つべき携帯ではないし、わからない人には一生わからない。
選ぶ権利はユーザーにあるし、選ぶ責任もユーザーにある。なのに、何となくかっこいいし、見た目もいい感じとか、人気があるから!という理由でiPhoneにして、使いにくい!と公の場所で発言をするのはいささか突っ走り過ぎなのではと感じました。
その人が使ってるのか真意はよくわからないんですが。
自分にあったものを自分で選んで長く使うのが個人的にはすばらしいと考えているので、こういった軽率な発言は共感が持てません。

私がiPhoneを選んだ理由は、よく考えて、検討した結果長く使える便利なツールだと判断したからなのです。

最近バージョンが2.1から2.2に上がり、結構問題のあったブラウザがしょっちゅう落ちる問題とかがだいぶ改善された印象を受けました。
絵文字もsoftbankユーザー同士であれば対応するようになり(孫さんがかなりがんばってOSレベルの対応らしい)、グーグルストリートビューにも対応。
ますますキャバクラでもてそうな機能が次々に追加され、携帯が成長していくのもiPhoneの魅力の一つなのです。



iPhoneに私がした理由

いきなりではあるが、私長年連れ添ったauをあっさり裏切ってsoftbankにお鞍替え。
過去の通信デバイス暦を紐解けば、平成生まれは見た事も無いであろうポケットベル(東京テレメッセージ)に始まり、PHS(アステル→DDIポケット)、後に携帯電話(Docomo→IDO→Docomo→au)へと流れて行く。
途中、大学時代にAirH”を使っていた事も。
キャリアの名前を挙げてみると、既にない会社が統合も含め半数以上。
改めて時代を駆け抜けた業界だったんだなと。

中でもauになってからは特に不満もなく、今だって不満を上げろと言われたら考えてしまう。
人によっては携帯に何を求めるのかが、機能が多様化してきた昨今はだいぶ開きがあると思う。
個人的には電話は電話ができてe-mail機能があればそれ以外の機能はあまり使わない。webも中高生みたいに活用しない。
仕事でも家でもPCがあるし、どうしても携帯でのwebは億劫になる。

携帯には多くを望まない派だった。

だから別に今のままMedia Skinを使ってれば良かった。
この携帯は過去に無いくらいデザインが気に入って買った携帯だったし。

それもこれも彼が登場しなければのお話。

そう。iPhone 3Gさんの登場ですね。

あっさり日本に上陸してはや数ヶ月。周りのアップルファンに精力的に販促を行ってきましたが、一向に誰も買わない。そのうちに自分がどうしても欲しくなって来た。
ミイラ取りがミイラに。

んで、だんだん機種変をしない理由が分らなくなってあっさりと鞍替えをした次第でございます。
softbankは建物内での電波が弱いで有名でしたが、そんなにしょっちゅう電話がかかってくるでなし、会社で持たせてもらってる携帯は独断でMedia Skinだし。別にいっかってことでございます。

とりあえずiPhoneへの道のりが思った以上に遠かったので記録としてここに残しておきます。
ナンバーポータビリティって奴も初体験だったし。

web or 電話などで現在契約中のキャリアにキー番号を発行してもらう。私の場合はauに電話。

ナンバーポータビリティ担当のお姉さんにつながる。

やたら悲しそうな声でキー番号を教えてくれる。ここで少し解約に躊躇する。

最後にauを解約しsoftbankにするアンケートに答えてもらえないでしょうかとお姉さんから哀願される。むろん断れる分けない。

アンケートだけど、「アタシのどこが悪かったの?」的な感じに思え心が痛む。
特に「iPhoneにしたかった。」とハッキリ言った時は、「他に好きな人ができたんだ・・・」的なニュアンスになってしまう。(俺の中で。)
最後に俺が言った言葉が「ナンバーポータビリティナンバーを発行しても解約した事にはなら無いですよね?」の質問は俺の心の弱さが浮き彫りになってしまっていた。それに対するお姉さんの「softbankさんの契約が発生した時点でauとの契約が成立いたします。」の言葉が、「私待ってるから!信じて待ってるから!」に聞こえてしまった時点で病気である。

無事お姉さん(au)との別れを切り出しキーナンバーをゲット。
これを持ってsoftbankショップへ。

契約を進めて行く中でやたら書類を確認させられる。
私が読んだ書類だけでも3・4枚。そのすべてにサインをさせられた。
何がかいてあるかと言えば、
・iPhoneはPCが無いと使えないよ!
・iPhoneは特殊な携帯だから、壊れても修理費は自己負担だよ!
・取り使いはappleに聞いてね!
云々である。

確かに必要だと思うけど、ここでまた機種変を躊躇った。

そして無事俺の手元にiPhoneが。
しかしアドレス帳情報が移っていない。
これはショップの端末にauの携帯を繋いで電話帳の情報を吸い出して、web上に一時保存。
その後自宅のPCでCSVファイルにてダウンロード、iTunesなどを介してiPhoneへ転送する流れ。
しかし、winのoutlookエキスプレスなどでは上手い事行かない。
性。名前。よみがな。アドレス。などの項目が固定なので携帯から吸い出したCSVの情報と上手く噛み合ない。
あーだこーだして、Mac経由なら!と思いアドレスブックを使用した。
アドレスブックであれば、項目が細かく設定できたのではじめは面倒だったが、なんとか設定するときれいにデータ移行が完了した。

ここまでかいてみると、まぁ面倒だわな。
一般の機種変であれば、1時間もあればできる事を半日かけてたんですから。

でも今はiPhoneで良かったと思ってます。
最近では某タレントさんがiPhoneをぼろくそに言っていましたが、個人的にはすごく素敵なツールだと思います。

今回はここまでにして、次回はなんでiPhoneなのかを書こうかと思います。

それじゃ


2008/11/19

私が沖縄の記事を投稿しない理由

私、春に今流行のミニノートを購入しまして、最近は専らそれにブログ用の記事を書き溜めしていたんです。
休みの日なんかは気分を変えて外で書くと結構筆が進むんですよね。

一目ぼれでしたから、HPの2133って機種なんですけどね。
今店頭に並んでいるのはモデルチェンジしたヤツなんですが、私が持っておるのは英字配列キーボードの初代ね。
私、キーボードはどちらかと言えば英字配列派なんでね。

要は凄く気に入ってたんです。

でね。

沖縄の記事を溜め込んでついにこの間書き切ったんですね。ついに。

で今週末にでもまとめてうpしようかと思ったんです。

仕事から帰ってから2133を起動しようと電源を入れたんですね。
電源ランプが光って起動を待ってたらウンともスンとも言わないんですよ。お客さん。

そうなんです。壊れてたんです。唐突に。

BIOSも起動しないんですよ。マザボでしょうか。
逆にデータが飛んでないのであれば逆に安心なんですがね。

で、ブログの投稿の件なんですがね。
またあの溜め込んだ量の文章を思い出しながら書くのはもういやなんですね。
心が折れたんです。

だからPCが修理から帰ってくるまではしばらく投稿しないと思います。
心が折れましたから。

まだ修理にも出していない段階ですよ。

年内に、6月に行った沖縄の事が書ききれるかなぁ。


唯一の安心しているのは、読者が少ないって事くらい。





2008/11/03

三日目2

目的地は万座ビーチという情報だけなので、来るバス毎運転手さんにこのバスは万座ビーチに行きますか?と尋ねる。
数台を見送ったところで万座ビーチへ行くバスを発見。早速乗車。

大体1時間半くらいだったと思う。
ひたすらわからない道をバスの中から眺めているのも気持ちいいものでした。
天気はいいし、空は高いし、乗り物に乗っているのは元々嫌いじゃないのでこのままずっと乗っててもいいかな~なんておもってボーっと万座の近くまで。

とにかく降りるバス停を知らない俺は1時間経過したあたりから敏感になる。
そして「万座」というバス停を知らせるアナウンスが、欠かさず下車ボタンを押す。
しかし停まったバス停からはビーチが見えない。何で乗るときは万座行きか聞いたのに下車場所を聞かなかったのかひどく後悔する。

すると一軒のやたらおしゃれなカフェを発見。
ドアのつくりから相当のこだわりを感じる。
時間の余裕もあり、のども渇いていたのでそこで一休みがてら道を尋ねることにした。

店内に入るとやはりきれいなつくり。
席もゆったり取られていて、いすやソファもかなりいい感じ。
観葉植物がいたるところに配置されておりリゾート丸出し。
さすがリゾートホテルが並ぶ地域だなと。




ターゲット層もリゾート目的の客だろう。店員さんも健康的なお姉さん二人。
とりあえずアイスコーヒーを注文してソファで一休み。
そして万座ビーチはどこにあるのかを尋ねてみた。

俺「ところで万座ビーチはどこですか?」

おねえさん1「え?ここからだと結構ありますよ?車で5分くらいかな?」

俺「バスで万座って・・・。」

おねえさん2「確か万座ビーチってバス停が次かその次にあったような・・・」

俺「・・・・」


またしても、前夜に引き続き降りるべきバス停の前で下車するというミステイクをする。
しかも車で5分って事は歩くと10分以上かかるって事か。

俺が失意と暑さで呆然としているとおねえさん2がちょっと聞いてきますね!と言い残して外に出て行く。
誰に聞くのだろうか・・・。どちらにしてもありがたい。
確かな情報を仕入れにいってくれたおねえさん2を待ちながらよく冷えたアイスコーヒーをいただく。

しばらくするとおねえさんが帰ってくる。
どうやら歩けない距離でもないらしい。情報元は不明だったが、バス停を間違えて式に遅刻するのも馬鹿らしいので急いで向かうことにした。
アイスコーヒーの勘定とおねえさんにお礼を言うと元気に店を飛び出した。
ぜひ今度この近くに来ることがあればよりたいと思った。

それにしても外は暑い。
6月の末だったので東京はまだ肌寒い日もある時期だったが、沖縄は明らかに夏。紛れもなく夏だった。
さっきまでクーラーの効いた部屋にいた俺は、3歩あたりですでに汗が全身から噴出していた。
そしてさっきのバス停チキンレースの粘りのなさを悔いた。
よく考えたらわかったのに・・・。万座ビーチってすごく有名なリゾート地なのにバス停がない筈がない。
それなのに俺は万座と聞いただけでバスストップ。なんて情けない。
そんなチキンな俺の罰だと言い聞かせながら照り返しのきついアスファルトの道を一歩一歩踏みしめた。

しばらくすると海が見えるようになってきた。
橋を渡るとすぐにビーチらしいものが見える。
そして道路の看板を見ると
「←万座ビーチ」の文字が。

すると俺の出席を心配した友人からの電話。
もうすぐそこまで来ている事を告げると安心した様子で「チャペルで」と。
気取りやがってと云う俺の足は明らかにさっきに比べると軽くなっていた。

万座ビーチホテルのゲートを横切ると守衛さんに行き先を聞かれる。
チャペルだと告げると、ここから歩くと距離があるのでバスを呼びますと言ってくれた。
そのバスに乗りホテルまで到着。安宿を転々としてる俺は久々のリゾートホテルに少々圧巻される。

一応正装しようと努力し、かりゆしに着替えたいのでホテルの人にどこか着替える場所はないかと尋ねると、
水周りは使わないでくださいねと部屋を一室貸してくれた。やっぱりホテルのサービスはいい。初日のスプリングがおかしいベットに寝て寝違えていた俺なんかに部屋をポーンと貸してくれた。
着替えを済ましてロビーに戻り、式の始まる時間を尋ねるとすでにチャペルには入れるとの事、ならばと俺はチャペルで待つことにした。

急ぎ足でチャペルに向かうと立派な建物が見えてきた。
焦りと興奮で俺はよくわからなくなっていた。
そこで事件が・・・。

俺はこの旅にカメラを二台持ってきていた。
ひとつはNikon F3 と Ricoh GR Digitalだ。
その二台を肩から提げて小走りをしたものだから、強固なボディのF3さんがデリケートで有名なGRさんの液晶に対してぶちかましをキメていた。
俺はチャペルの外観を広角で下からあおるアングルを頂こうとしたときに初めて気がついた。

液晶が悲惨なまでにグッチャリしていた。

ザ・ワールドである。

まさに時間が止まった。
いわば今回の旅は今日こそ本番なのに、その直前にカメラが壊れるってどういうことなんだ!!
俺の馬鹿!

幸いにも壊れたのは液晶だけのようだ。(たぶん。)
壊れているのは液晶だけと信じてとりあえず勘でシャッターを押す。
こうなれば構図など考えないで、数打ちゃ当たる作戦をするしかない。
よってこれより出てくるカラーの写真はすべて液晶なしで撮った写真です。








さぁここから今回の旅のメインイベント結婚式が始まる。
ここで一度整理しておこう。

まず今回の結婚式には俺以外は親族しかいない。
また、俺は新郎新婦の親族には面識がない。
さらに俺の容姿は基本的に初対面の人には好印象は与えることがない。

上記の要素を踏まえはじき出した方程式によい結果は生まれるだろうか。
俺は正直不安だった。
せめて式が始まる前にご両親に挨拶をして円滑に事を進めたい。
俺は最大限の笑顔でご親族にご挨拶を!と心に決めチャペルへ飛び込んだ。

「はじめまし・・・・て?」

白にまとめられたチャペルにはリゾートにふさわしく祭壇のバックに大きなガラスの窓があり、その先には青い空と海が広がっている。



なんて神秘的な空間なんだ…。
「ここで結婚式を親族だけで挙げるなんて贅沢ですね~」

って誰もいない!

やばい!俺が一番乗りだ!
神聖な結婚式に親族より俺が先に入ってるという大失態。
居候が一番風呂に入ってしまう様な気まずさが俺を襲う。

外で待つべきかこのままおとなしくしているべきか・・・・。迷っているうちに外から声がしている。

ジーザス。

こうなれば最大限の笑顔で迎えるしかない!

緊張の一瞬。


ドアが開くと新郎のご両親・お兄さん・お兄さんの奥さん・おねえさん。新婦のご両親・お兄さん・お兄さんの彼女(後に判明)
俺が何から話そうと探りながら挨拶をすると新郎のご家族が俺の事を察して暖かく迎えていただいた。
無駄な心配でした。

以前から聞いてはいたのだが、新郎のご家族はかなり気さくな感じですぐに打ち解けることができた。
大学時代からの友人なので、いろんなエピソードは耳に入っていたらしく初対面だとは思えないほど一気に打ち解ける。
新郎のお姉さんに至っては写真で見たよ~と俺に良くありがちな写真情報先行型の初対面だったので、すごくやりやすかった。

新婦のご家族は新郎の家族に比べるとやはりよそよそしさがあったが、突然の巨人の登場にも関わらず、歓迎してくださった。

ついさっきの気まずさはご両家のご家族によって要らぬ心配でした。

しばらくすると式がそろそろ始まると係りの方からアナウンスがあった。
そしてパイプオルガンの演奏が始まる。

中央のドアが開き新婦が入場。

ここからは一般的な式の流れだが、やはり親族だけのリゾートウェディングである。
なんだか今までの式と一味違う。

なんか新鮮だ。


俺は両家の座っている席の一番後ろに座っていたので、新しい家族一同を後ろから眺める形に。
新しい家族の向こうには新郎新婦。
その先には大きな窓があり、そこからは青い海が広がってビーチに白い波が揺れている。南国の初夏の風に草木と原色の花々揺れていて、蝶も舞っている。

これが地味婚・・・。全然地味じゃない・・・・。




ここ数年でいろんな結婚式に出席させていただきましたが、今回の式は全く未知の体験で、これも一つの選択しだなぁと、全く結婚の気配の無い俺が思うくらいだからこの場に結婚を考えているカップルなんぞいたら失神しているんじゃなかろうか。



ともあれ、クラッシャーF3とちゃんと写っているのか分からないGRでひたすら写真を撮りながら式は無事終了し、二人は神の御許に結ばれたのでした。

チャペルの外でも幸せの鐘たるものを二人で鳴らしたり、シャンパンで乾杯したり(暑い中飲む冷えたシャンパンはかなり旨かった。モナコセレブ気取り)
恥ずかしい二人の写真を撮ったり。(知人には是非見せたい。)

式場のカメラマンが引くぐらい積極的に写真を撮りまくっていました。
「蛙くん(仮名)は家の専属カメラマンだなぁ~」なんて言われて実に微笑ましい空間を満喫させていただきました。


これから一同は食事会をする予定で、俺はここでおいとまさせていただく予定だったのだが、ご両親がどうせなら一緒に食事をしませんかとお心遣いをいただいたので、厚かましくも急遽ご一緒させていただくことに。
まともなご祝儀も用意していない俺は恐縮しつつも喜んで参加させていただきました。

家族だけの結婚式に不純物が混ざってしまうのはどうかと思ったのですが、シャンパンで勢いづいていたし、正直飲み足りなかったのであまり遠慮せずに即決したのは内緒です。

奇妙な組み合わせながらも楽しく食事をさせていただき、ケーキ入刀。
そして俺が北谷で買ってきたプレゼント(表)を渡す。
ペアルックを渡して、家族と一緒に新郎新婦を冷やかす。
意外にこのプレゼントの受けがよく、(値段の割には)えらい感謝されたのでした。
望まずともぐんぐん上がる俺の株。
親戚的な感じで馴染めてしまったのも一様にご両家の懐の深さでしょう。

そしてこっそりプレゼント(裏)をわたしてお開きの時間に。

かなり楽しかったので、今度実家に遊びに行きますので!と半ば強引に那須のご実家に宿泊の予約をする。
第二の故郷を思わぬ所でゲット!


このまま楽しく飲んでいたかったのですが、さすがにこれ以上滞在するわけにはいかないと酔っ払いながらも判断し、ご両家にお別れを告げてまた一人の旅が始まったのです。



その時の時間は16時。沖縄の太陽はまだまだ高いところにいます。
酒も入っていたし、このまま一日は終われないなと思っていた俺は、選択を迫られていました。

・このまま北上する。
・南下して宿の方向に戻る。

の二択です。

この状況での答えはもちろん北上でしょう。

基本的に俺が物事を決める時は俺の頭の中にいる小さな11人の俺が多数決をして決めます。
今回の会議で保守的に南下を主張する奴が数名いましたが、そんな野暮な事を言う奴はさっさと東京に帰れ!と小さな俺がボコボコにされていました。
よって俺は名護行きのバスに飛び乗る事になりました。

やはりバスの中は数名の乗客だけでした。俺は大体後ろの席に座ることが多かったのですが、今回ばかりは前の席の方に腰をかけました。
すると素敵なプレゼント!



俺が座ったピンポイントの席に誰かがくれた(忘れていった)缶チューハイが。
東京でこの状況ならば間違いなく毒入りを疑わないのですが、ここは南国沖縄。
そういう発想を持っている人がいる訳がない。と信じている俺が取った行動はもちろんありがたくいただく意外にありません。
まぁ気持ちよく酔っ払っていて、目の前にお酒を出されただけの話なんですが、開封されていない事だけを確認し、プルタブに指をかけました。
プシュー!っと景気のいい音がしたので安心していただきました。
疲れていたのか、さっきの酒が効いたのかいつもよりアルコールが高い気がしましたが、この場合はむしろ好都合でしょう。楽しいバスの旅が始まったのです。

何分か走ったあたりで素敵なビーチ沿いを走る道に出ました。
おそらくどこかのホテルが所有しているビーチなのか、きれいに保たれています。
水平線の向こうには沈みかける太陽が。

今日はここで夕日の沈む様を見届けよう。

直感的にそう思った俺はすぐに停車ボタンを押して次のバス停で下車しました。
チューハイはまだ半分以上残っていたので、まだ楽しめます。

歩道とビーチを隔てる柵を越え、ちょっとした林を抜けるとビーチ。砂浜と海と太陽だけ。
遠くの岬にホテルが見えますが、シーズンもまだ始まったばかりだったので、ビーチには人影はありません。人が管理している証拠にコンクリートとタイヤの跡がありましたが間違いなくこのビーチにいるのは俺だけでした。


なんて贅沢な時間なんだと酔っている俺は一人で感動しました。。
また太陽と水平線の距離は離れていて、すぐに夕日が沈む姿は見られそうにありません。俺はとりあえずパンツ一丁になる事にしました。
暑かったし、タンクトップ焼けを目立たなくしたいとも思ったけど、一番シックリ来る理由は服を着ている事に違和感を覚えたからでしょうか。
今という時間は普段コンクリートジャングルで生きている俺が、自然と一体化する大切な時間なんじゃないのか?という自分自身への問いかけの答えだったのです。
砂浜と太陽と海と俺しかいないのに、服を着ている意味があるだろうか。


「いや、ない。」


俺はしばらくその姿で足だけ海に入ったり、音楽を聴いたり、本を読んだり、チューハイを飲んだりしていました。
やがてある事に気がついたのです。
じゃあ俺の履いているパンツってなんだ?これこそ俺が、俺自身が、自然と自分を隔てている証拠ではないのか。ここには砂浜と太陽と海と俺しかいないんじゃなかったのか?
パンツってこの時間に必要なものなのか。


「いや、必要ない。」


俺は迷うことなくパンツを脱ぎ捨て、この世に生まれて以来はじめて自然に帰ったのです。
それは今まで服を着ていることが不思議になるくらい開放的な体験でした。
欧米でストリートキングのお祭りや、ヌーディストビーチがある理由が一瞬で理解できました。


「これだな。」


俺は小さな声でつぶやきお粗末な一物はお天道様とご挨拶。
俺は完全に自然のひとつの要素として溶け込んでいました。

途中、犬の散歩をしている人が向こうからやって来ましたが、肌色の物体に気がついたのか、いつもの散歩コースなのかわかりませんが、50M前くらいでUターン。
その時はさすがにパンツを引き寄せ、いつでもはける準備をしていましたが、それ以外は夕日が沈むまで全裸を楽しみ、夕日が完全に沈んだ跡に来る紫や青色、そして完全に黒にになるまで楽しみ尽くしました。



満足した俺は、暗闇でいそいそとパンツを履き、ズボンを履き。そろそろ宿に戻ろうと動き出しました。

降りたバス停とは逆斜線のバス停でバスを待っていると俺は何かこのまま一日が終わってしまう恐怖感を感じずにはいらせません。
全裸になって息子を太陽に紹介した俺にはまだ何かやり足りなかったのです。

しかしあたりを見渡しても何もないし、あったとしてもコンビ二と道路と車だけ。
そこで俺がひらめきました。

ヒッチハイクだ!

そうと決めたらもう俺の親指は勢い良く天を向いていました。
はじめはバス停で走っている車に親指を立てていたが、一向に停まりません。
なんとなく物足りない俺は歩いて南下を始めました。
右手で親指を立てながら暗い道をひたすら歩き始めました。

思った以上に車は停まってくれません。
今思って見ると、客観的に俺を見たらまず乗せようとは思わないだろうなと。
おそらく脱獄犯か強盗の類だと思われても仕方ない風貌ですから。
でも、全裸で高揚している俺がそんな事に気がつくこともなく、ヒッチハイクは続きます。頭の中ではあの雲のようにが流れていたのは言うまでもありません。
見た目はドロンズだけど。

4kmくらい歩いたでしょうか。
ぜんぜん停まってくれないので、次のバス停でバスを待とう。次のバス停で・・・と思いながらも、歩くことに楽しくなってしまった俺はひたすら歩き続けました。
だいぶ車の流れも少なくなってきたなと感じたころに奇跡が。

道端の自販機が並ぶエリアに走っていた軽自動車が2台停まりハザードをつけました。。
結構先で停まったので、俺ではないと思いながらも少し期待しつつ歩き続けました。
どんどん軽自動車が近くなり、手前に止まった自動車の中をのぞこうと思ったら運転手が出てきて自販機へ。
考えてみればここは小休憩場所みたいなつくりになっているので、車がジュースを買いに停まってもなんらおかしくない。ちょっと期待してしまった俺は恥ずかしくもその車をスルー。
二台目の軽自動車も同じだろうと期待せず通り過ごそうとしました。
そして真横を通った瞬間中からオジサンの声が。

「カレシ!乗りな!!」

期待していなかった分、驚きと喜びでちゃんと声が出ません。
おじさんは暴れる犬を必死で後ろの座席に繋いでいます。

いいんですか?と聞くと早く乗れとおじさんは言ってくれました。
カレシはでかいから乗れるかな?といいながらも助手席を勧めてくれたおじさん。
確かに俺はシティーハンターの海坊主ばりにぱっつんぱっつんで車に乗り込みました。

どこまで行くのかをたずねられ、北谷までだと返答するとそこなら通るから乗せてってやると快く引き受けてくれました。ここで気になってくるのは報酬的な事ですが、俺は乗せてくれたという事実だけでもうれしかったので、法外な金額を言われたとしてもいいかなと、あえて謝礼的なことは聞かないことにしました。
後ろの席では犬がひたすら不審な俺を至近距離で吼えまくっていましたが、今にも喉に噛み付きそうな犬でさえオジサンのやさしさで怖くありません。むしろ手を出して撫でてやりました。結構噛まれましたが、こいつとは北谷までの連れです。
仲良くしようと無理やり撫でていると、噛んでも噛んでもニコニコしている俺にあきれたのか犬は落ち着きを取り戻しその場に座り込みました。

おじさんの風貌は一瞬でガテンとわかる感じ。車内も仕事道具が散乱していました。
おじさんといろんな話を聞きましたが、とりあえず最初に聞いた話はおれみたいなヒッチハイクを見たら必ず乗せるようにしているという話でした。
沖縄は助け合いの精神で生きているから、困っていたり、助けを求められていれば力を貸してやるんだと。
思いつきでヒッチハイクをしている俺としては、オジサンの力を無駄に使わしてしまっているようで気が引けたけど、ご好意だと思ってありがたく甘んじました。

ほかにもオジサンは昔船乗りだったの話や、自慢の息子は青学を出ていて今は某有名な都市銀行に勤めいているという話。
沖縄にいる米軍の話。オジサン曰く、米軍は沖縄に核ミサイルを持ち込んでいるということでした。まぁない話ではないけども、沖縄現地の人から直接聞く米軍の話はリアリティがあるなぁと。
おじさんは米軍反対派の人。米軍がいなくなればもっと観光事業や産業が発達できると熱っぽく話してくれました。

それにしてもこのおじさんは車をすごい勢いで飛ばします。
軽自動車だから体感速度も速く感じるんですが、それこそシティーハンターばりにすり抜けを繰り返します。そしてやたらタンを吐く。
クーラーは全開なのに窓も両サイド全開。窓の外に3分に一回のペースでタンを吐く。
どこからそのペースでタンが生成されるんだと不思議なくらい吐き続けています。

しばらくすると会話が途切れ、俺は窓の外を眺めていました。
するとおじさんが不意に俺の前にタバコの箱を差し出しました。
俺はタバコを勧められてるんだと思って、断ろうとするとおじさんはこう言いました。

「俺はこのタバコを一日6箱吸う!」

いや聞いていない。

なぜその情報を俺に伝えたのかの真意は未だにわかりません。
窓を全開なのもタンを吐き続けるのもこれが原因なのはわかったけど、その情報はあまりにも唐突過ぎて俺はうまくリアクションが取れませんでした。
その他にも社内にあったボコボコの缶コーヒーと勧めてくれたりしましたが、その後行為は丁重にお断りさせていただきました。、
色々話をしてくれたのは会話が途切れたことに気を使ってくれたのかと思うと悪いことをしたなと。
とにかく優しくてあったかいおじさんでした。

やがて北谷が近づき、道端でおろしてもらいました。
お礼を言った時でお礼的なものをと思った時にはおじさんの軽自動車はまた勢いよく走り出しすぐに小さくなっていきました。
おじさんは最後に「またなんか機会があったらな!!」と言っていました。

なんだかあまりにも潔すぎてボーゼンとその場にしばらく立ち尽くして、一期一会を身を持って感じたような気分でした。
あまりも車内が狭すぎてカメラを出すことができなかったのでおじさんの写真が残っていません。今でもあのおじさんは本当に実在したのかわからないほどあっけない別れ。
だがそれがいい。

車を降りると急に腹が減ったので北谷の回転寿司屋に入る事に。
俺は寿司が好きで仕方ないので、地方に行った時には回転すし屋があればご当地物を選ばずに回転寿司屋に入っちゃうくらいですが、いつも思うのは寿司は江戸前に限るな。という結論。
なんだか物足りなかったが宿に戻ってとりあえず風呂に入る。
すると疲れがどっときたので、あえなく就寝。
まだまだ遊びたいのに疲れて寝てしまうなんていつぶりだろうなんて考えながら深い眠りについたのでした。


4日目に続く。