twitヘッドライン!

2008/12/30

正月休みを前に

なんか6連休を前に浮き足立っている。

Twitterにも書いたけど、師走だしなんかパチンコでもやってみっかーと思って適当にやったCR北斗の拳2(ケンシロウver)が噴いた。
そしてその後興味本位でやった巨人の星Ⅳも2kで出た。しかしあまりにも退屈な台だったので300枚で換金。
なんだこの余裕。

無欲だと勝てるジンクスはあると思います。

んで今日は気分が良かったので今年最後だという事でランチを皆さんに振る舞う。

仕事納めの後は大学の先輩方々とプチ忘年会。
話の中心はふとっちょ☆カーボウイと誰々が結婚するって話。
次々に行かれてしまいますね。皆さん。

先輩には出し物を頼むとメールにてご依頼を受けていますが、その件に関しては保留をさせていただいています。
ハードルが高すぎるでしょう。だって。

あの状況で受けを取るなんてプロじゃないのにリームーですよ。
だいいち、あの状況ならどんなに滑っても仕方ないよね。っていう雰囲気が嫌いなんです。
やるならとことんやりたいけど、凝りすぎても式を台無しにしかねない。
そこら編のバランスが難しいのですよ。

ダダ滑りで恥をかいて乗り切るか。
受けを頂いて大盛況で終わるか。
一切を断るか。

この三択だと思います。
せめて新婦がどんな人なのかを知ってからにしたいのは否めません。

そんなこんなで6連休が始まったのですが。
とりあえず初日は北斗の戦利金を持ってフルHD対応の液晶ディスプレイと、HMVにRADIO HEADのドイツツアーDVD(あればブルーレイ、たぶんない)を買って引きこもり生活をスタートさせたいと思います。

秋葉原にフラッと行きたいと思います。


話が飛びますが、最近友人に休みの日に誰かを誘わないとだめだ!とよく説教をされます。
女っけのない私を嘆いているのが本人でなく友人たちだと言う事が問題だと思います。
私も肝に銘じているので2009年はそういう年にしたいと思いますが。

しかしながら、今回みたいに「秋葉原に液晶モニターを買うから一緒に行こう」はさすがにないなと思いました。
しかもモニターとか買っちゃったらすぐに帰りたいしな〜。




2008/12/29

激烈投稿マガジン

いろんなところで議論を生んでいるグーグルストリートビューですが、もしこの方がグーグルに訴えたところでも彼に非がないとはいえない。

まぁグーグルも気を利かせてせめて全身をぼかしてあげて欲しいけども。


http://www.gizmodo.jp/2008/12/google_12.html



2008/12/27

心が洗われる



こんな動画を見ちゃったら、ドンだけ俺の心は荒んでんだ!って思わざるをえない。
俺もこんな時代があったよなー
スーファミの聖剣伝説を溝の口のシータで予約して、予約してるのに朝一で並んで買って、楽しみすぎて帰りは過呼吸気味だったもんなぁ。

今の俺は何となくほしかったアイドルマスターをニヤニヤしながらやってるもんなー
アイマスが悪いわけじゃないんだけど、動画のキッズみたいな心のトキメキを忘れてるよなぁ。
正直wiiをあんな形で貰ってもあそこまでテンションは上げられんよ。

いつまであってもあーゆー気持ちは忘れないようにしないとね。

でもあのwiiが威力棒 Viiだったらどれだけの子供達がダークサイドへの道を歩むのだろう。
やっぱり環境って大事だよね。

彼らのテンションをあそこまで上げられるなんて凄いぞ!Nintendo!


兎にも角にもメリークリスマス。


これはこれで楽しそうだけとも





2008/12/26

俺始まった。

ついに禁断のアイマスの世界に飛び込みました。
聖夜の新宿ヨドバシカメラでアイドルマスターを買う27歳。

どう考えたって引き返せない感が漂っています。

さぁ今日から忙しくなるぞ!なんてったってプロデューサーですからね!


XBOXを手に入れてはじめに買うソフトがアイマスって所と、
今更アイマスをはじめるって言う点が我ながら残念で仕方がない。


2008/12/24

来年は丑年です。

ちょいと野暮用で川崎の実家へ寄りました。
おじいちゃんはご健在ですが、だいぶ老けたなぁ。

その足でゆうちゃんと年賀状つくり。
年賀状は小学生の時に出したことがあるか、ないか。
出したという確かな記憶はございません。

かなりディスカッションをして作り上げたのでいいものができました。

まぁ近年友人の住所なんてイチイチ確認していない、寂しい世代なのでこれからシコシコ調べなくては・・・。
ってかそこに行き着けるのか?

もしこれを見ている友人は25日までに住所をメールでくれれば先着20名に年賀状が届きます。

そういえば、iPhoneにしてから積極的にメールアドレスを展開していないので、ちょくちょく怒られてます。
それが案外嬉しかったりして。
気が向いたときに(電車の暇な時間)久々にメールしたりしてます。

年賀状作成風景の写真を載せときますが、表面(?)は寝たバレになるので年賀状が届いた人だけに☆




PS, 今更ながらTwitterをはじめてみました。
右のメニューにありますが、まだイマイチ用途が分かっていません。と言うか利用するといった意味をもたないツールなのかもしれない・・・。


2008/12/22

年忘れと同窓会と二日酔い

昨日は久々な人たちと再会の会。
個別で会ってもみんなで会うってナカナカ無いので、久々にファミレスで3時間とか居たりして。

その流れで先生(HN)と新宿で飲んで行こうってことになり、二人でエスパスの裏の居酒屋に。

正味2年近くブリの再開だったのです。
師走ですし、帰りの電車のことを考えると国分寺で飲んだほうがいいって事になり、中央線で国分寺へ。

先生はとにかく飲むので、国分寺についても居酒屋→お姉ちゃんのいる店→居酒屋と今これを書いてて思い出しても気持ち悪くなるくらい飲んだ。

余り記憶がなくなることが無い私ですが、この日ばかりは記憶が曖昧です。
荷物とかどっか忘れてるしね。

朝帰りして8時に就寝したはずなのに復活したのがさっき。
こういう時に限っていろんな人から連絡があるのね。

先生からは昨日の写真が送られてきたりして再度嗚咽がしたり。

ああ。もう一回寝よ。

2008/12/19

物欲の果て

結局マップカメラで取りしたカメラは買わず。



だってカメラのキタムラでもっといい状態のGR1Vを見つけたから。
元値が安かった上にセールで10%引きだったから。


GR1V flont

GR1V date


結局の所、私は物欲には勝てないのです。
物欲に取り憑かれているときの私はなんであんなに行動力があるのでしょう。

そして早速撮りまくっているわけですが、二日目にして液晶部分の一部に表示されない不具合が・・・。

GR1V 30?

30と表示されるはずなのに0の右サイドが表示されていない・・・

なんだ。。。昨日まではシッカリ表示されていたのに・・・。安いのには理由があるのね。
なんて思いながらも6ヶ月保障とデカデカと謳われてたので早速講義へ。

しかし症状を見せたらあっさりスイマセンと。
ゴーマンな態度をとるカメラ屋が多い中、ここの店員さんはなぜかみんな優しいのね。
対応は年内は無理だけど同等以上の物と交換してくれることを約束してくれ、それまではそのままお使いくださいとの事。
心のどこかでは、別にGR21でもいいんですけど~とつぶやきながら店を出ました。

もしかしたらシルバーじゃなくて黒になるかも新米。
別にシルバーもキライじゃないのですけど。

とにかく新しいGRになるまでバシャバシャ撮っておこうと思います。

ああ。物欲ってステキな気分ですね。


あとNikonがこっそりこんなの出してた。

GPSユニット GP-1

写真データにGPS情報を埋め込むユニットらしい。
GPSに憧れを持つ私が心をときめかすと、対応機種は・・・

>対応カメラ
>D3X・D3・D2XS・D2X・D2HS・D700・D300・D200・D90


ああ。D80はだめなのね。

>画像撮影時の緯度、経度、標高、日時が記録できます。地図情報と連携させて、画像付きのオリジナルマップ作成などが可能です。
>10ピンターミナルまたはアクセサリーターミナルに付属のケーブルを接続します。GP-1にリモートコードMC-DC2を接続することができます。


そうね。接続部分が無いものね。

しかしソニーにGPSユニットで少し失敗をしている私としては別にいいかなと案外諦めは早かったです。
まぁフィルムカメラ買ってるし、GPSはまだいっか。





2008/12/16

師走と物欲




物欲は熱病の様であるように、私の物欲も然りズキズキと疼き一晩寝ても取れることはありませんでした。

そんな日に限って定時で仕事を終わらせて向かったのは新宿マップカメラ。
そもそも新宿にマップカメラなんて無かったらこんなに悩むことも無いだろうに、と思いながらも早足でマップカメラに足は向かいます。
買う気は無いのですよと自分に言い聞かせながら。

店内は不景気なのにカメラ野郎がうじゃっとしてやがる。
私も同じ穴のナントやらなのでなんとも言えないのですけど。

とりあえずショーウィンドウをマッチ売りの少女バリに見つめていると、青年がカウンターにてT3・GR1Vを比べて悩んでらっしゃる!
こなくそ私だって!指を咥えてみているだけではないぞと店員さんを呼びつける!
ここで一応確認してみると私は今回買う気は毛頭無いのです。

なのにGR21・GR1V・TC-1・T3・KLASSE Wとベタな機種をずらっと出してもらってる。
とりあえずどれもこれも触りまくってみる。
正直GR21が欲しくてたまらない。でも12万超は現実的ではない。
そして案外いいのがTC-1。電源を入れたときのメカっぷりに心オドル。
絞りが羽じゃなくて丸い穴ってのも引かれたけど、つくりが凄く壊れ易そう・・・、
そして思った以上にバランスが良さそうだったのがKLASSE W。
現行機の強みはあるきもしないでもない。
やっぱりトータルバランスを見て最高なのがGR1V。

同じ悩みを抱えるヒトがどれだけいるのだろうか。

店員を捕まえて40分。自分と自分を戦わせて出した答えが…。



GR1V取り置き・・・・

金なんてねぇよ。でも・・・。



そんなこんなでその後は友達と明大前で酒を酌み交わす。
久々だったのですが、説教を垂れられる。
まぁ叱られるのはキライじゃないの。

でも帰りはイースタンユースを聞きながらヤサグレて帰りました。



2008/12/15

年末と休みと物欲と

師走師走でどうしょもない日曜日になりかけたので、あわてて家を出たのが15時。
本当は用事があったんだけども、びみょーな感じで流れてしまったので、行きつけの国分寺の回転寿司屋でビールをすする。
昼間っから酒が飲めるのが嬉しいのは何ででしょうか。
理由は特に無いのですけど。

それでテキトーに新宿に向かう。
休日なのに仕事に来てしまう最悪なパターンでエクセルをポチポチする。

最近気になるコンパクトカメラをマップカメラに見に行こうかと思ったら携帯がなる。
スーパーMCからの電話。
素晴らしいバンドが吉祥寺でライブをするので行きませんかというお誘い。
危うく限りある日曜日を無駄にするところに救いのお誘い。エクセルを適当に済ませたら速攻家に帰る。
荷物を置いてF3とPRESTO1600、あと一応最近調子の悪いGR GIDITALをかばんに詰める。
ポケットには最近持ち歩いているウィスキーケースにサントリー角を。

マーズボルタをiPodで聞きながら、サントリー角を吉祥寺まで飲みながら。

お目当てのバンドはregaさん。結構昔からファンでしたの。
最近はインストバンドとして活躍中の彼らですが、新宿LOFTでお見かけしたときよりも、違うバンドと思うくらい素晴らしい演奏でした。

ご自慢のF3に勇士を納めなくてはと思ったら、こんな日に限って電池が切れてやんの。
GRさんが急遽の出番。
折角1600のPRESTO買ったのに。

久々にライブで体を動かしたのでへとへと。
すきっ腹に酒を飲んだので酔いも回る回る。

んで、帰りにデリンジャー御用達の中華屋でメシ食って解散。

久々にライブは楽しいね。

帰ってからは夕方の物欲の続き。
コンパクトカメラをずっと調べてる次第です。

GR21が一番欲しいけど。CONTAXのT3かT2でもいい。
ここはNIKON 28Tiって手もあるし、GR1とかで手を打とうか。
なんて思ってたら現行機のKLASSE Wは28mmだしいいんじゃないだろうか。
なんて永久ループしてたらこんな時間になってしまいました。

こんだけ考えて気が付いてしまったのは。どれもこれも買う金が無かったことでした。

さぁ明日からも一生懸命働きますか。

2008/12/12

悲しい。

昔バイトをしていたわんにゃんワールドが来年頭に潰れると。
http://www.wannyan-tama.com/news/news_list/?code=001&main_no=203

何ででしょう。
思った以上に悲しいのね。


2008/12/08

西新宿の看板シリーズ


西新宿
Originally uploaded by aflogjp
私の大好きな西新宿の看板シリーズですが、新作がリリースされていたのでお知らせします。

家屋の震動大重量者の
走行は充分注意のこと

   運転手さんよろしく!   住民一同


いろんな所でマンション建設や日照権の問題で地域の人ともめている事を目にしますが、そういった場合の看板はとても攻撃的です。
しかしこの看板、注意を促してはいますが、運転手さんに対して友好的に呼びかけをしている点がとても気持ちを穏やかにしてくれます。

これを言われた運転手さんとてこれを見たら気をつけざるをえないでしょう。

そして西新宿看板シリーズの新たな秘密が一つ判明。
差出人が住人一同になっています。
そうか、この看板は西新宿の住民一同作だったのですね。

これからもこのシリーズを追っかけていきたいと思います。

4日目

HPが帰ってきたので、沖縄の続きをば

この調子なら年内に沖縄は完結できそうです。

それじゃ、どうぞ。


本来であればこの日が東京に帰る日だった。
いやぁ本当に一日延長してよかった。急遽ではあったが我ながらナイス判断だった。
一日多いだけで心のゆとりが違う。

この宿も2日目だけど、人も少ないせいなのか、すごく居心地がよかった。
前日は台湾からのお客さんもいなくなって、オーナーは家が別にあるらしく俺とお兄さんだけだった。
結局お兄さんとは最初の挨拶だけで話さずに終わったが、朝に俺と入れ替わりで若いアンちゃんが来た。朝ついたらしくリビングにいたので簡単に挨拶するとお互いの身の上を話ししばしの雑談。初日にいたアンちゃんとは違って話しやすい感じ。
特にチェックアウトに厳しくなかったのでゆっくりすることができた。
このアンちゃんは名古屋から着たとの事。
バイトを転々としているらしく、バイトをして金が溜まると沖縄に来ているらしい。
沖縄の夜も大好きらしく、そこら辺の情報もたっぷりいただく。

話をしているうちにアンちゃんが妙な事を言い始めた。
この宿が少し変だという。
以下がアンちゃんの言う不審な点。

□シャワー室が自分で拡張したような妙な作り。
□シャワー室に盛り塩がしてある。
□結構でかい宿なのに、従業員が一人しかいない(オーナー)
□なぜかオーナーが別の家に住んでいて夜いない。

確かに妙といえば妙だ。
シャワー室に関しては写真がないのだが、手作り感たっぷりでバスタブ以外は明らかに手馴れた素人が作った感じだ。そして何より風呂の中に盛り塩がある。
気にも止めなかったが、なぜあそこだけに盛り塩が・・・。
彼が予想しているのはあそこで自殺をした人が過去にいるんじゃないかという。
話が飛躍しすぎという気もしたが、否定できなくもない。

次に従業員がオーナーしかいないという所。
ただ単にシーズンじゃないっていう話もあるが、怪しいといえば怪しい。
前日に俺もなんとなくオーナーにほかに従業員がいないのかを聞いたのだが、その時は昔はいたけど今は一人でやっているとの事だった。
その事を彼に言うと、何かあったんじゃないかと言う。
確かにそういう見方もある・・・。
オーナーには奥さんがいるらしく、夜はそっちに帰っている。
なぜこんなに大きな物件があるのに別に家を持つ必要が・・・。

火サスであれば完全にフラグが立っている。

そのときに気がついたのが、この宿の初日に泊まった俺のベットの向かいの壁に赤いペンキで子供の手形が2個ついていたのを思い出した。
その部屋のどの壁にもペンキの跡なんてなかったのにそこだけ子供の手形が2つ。
ひとつははっきりと手形。もうひとつは右下に伸びるようについていた。
はじめはオーナーの子供がつけたのかななんて気にも止めていなかったが今考えるとあれはどういう経緯でついた手形なのか。



怪談には少し早い季節だったが、少し涼しくなったところで荷造りをはじめた。
沖縄にはあと一日泊まる予定だったのでここでもいいかななんて思ったけど、予約せずとも空室はあったので予約はしないでとりあえず出ることにした。
本来の目的は既に果たしていたので今日からはフリーだ。今までも十分フリーだったども。
逆に何をするか迷ってしまったので、とりあえずまたバスに乗ることにし、行き先はとは逆の南へ向かう事にした。

宿を出る時オーナーにブログに載せるからと写真を撮ってもらった。
オーナーは非常に気さくな方だったけど正直心を開くには時間が少なかったせいで顔がこわばってしまった…。後日そのブログ確認したところ想像通りの表情。次回お世話になる時はもう少し自然な感じになるようにがんばろう。

朝食がまだだったので近くのコンビニで済ます事に。
ここはさすがに沖縄っぽい食品をと思い、名物タコス巻きをチョイス。

多分普通に食べられているものだと思うけど、沖縄のファミマには必ず見かける気がする。東京にあってもいいんだけどなぁとおもう。結構腹に溜まるし。
駐車場でタコス巻きをパパっと口に放り込むとバス停へ向かう。
昨日は名護方面だったから今日は那覇方面へ。

北方面はリゾートや田舎のイメージが強いが、南はさすがにコンクリートが多い気がする。やっぱり緑の方が見ていて楽しいし、海が見えないと東京を走っているのと大して変わらない気がするので途中下車を決意した。
建物の間に海が見えたのを確認し、停車ボタンを押した。

昨日とは違い、すべての荷物を持っているので若干失敗したかなと思ったが、このまま那覇について何もすることが無い状況を想像すると荷物は気にならなかったし、それよりも降りたバス停の目の前にあったスーパーに興味津々。外観の雰囲気から既にアメリカさんの香りがしている。とりあえずタコスの副作用でえらく喉が渇いていたので飲み物を買いにスーパーに潜入。
予想通り店内の商品は基地関係をターゲットとしているもので溢れていて、キッチンペーパーから缶詰、お菓子に至るまであらゆるアメリカの商品が並んでいました。
スーパーに併設されているケーキ屋さんのケーキのサイズがおかしい事になっており、でかい上に安いという沖縄スタイルがやっぱりここでも健在。
ぐるっと店内を回って買ったのは普通の水(2L)だったりしました。







水分補給を済ますと海に向けて歩き始めました。バスの中で見た海は近くに感じたのだけど実際に歩いてみると結構距離があり、諦めようかと思った瞬間これまでに見た事が無い衝撃的な薬局を見つけそんな事を忘れさせてくれたのでご紹介します。








これはなんとコメントすればいいのか。
突っ込みどころが前面に出すぎて逆に何もいえない。
でもひとつずつ紐解いていきたいと思います。

まず時期の問題。
某タレントさんがそういう事になる前からこの店が存在していたのならば、イメージ的に損なわれる可能性があり、このドラックストアは若干の被害を被っているかもしれない。損なわれる可能性ととどめた表現をしたのは逆に知名度が上がった可能性があるから。

もし某タレントさんの事件が先だったら、この店は某タレントさんにインスパイアを受けてこの店のネーミングをした事も考えられ、インスパイアどころか売名行為の可能性も。
次に「マーシー」としてしまった経緯。
おそらく人名から来ていると思われる。その証拠に絵の中の帽子の下には確かに「MASH KUN」とある。
ここから想像できるのは某タレントさんの名前か、それとも店の主人のあだ名がマーシー。大穴として沖縄の方言で「マーシー」が何かの意味であり、そこからの可能性。

色んな事想像したが、ここから導き出される答えで一番可能性が高いのは、

”昔からのあだ名はマーシーこと加藤マサシさん。もちろんマーシーというあだ名は某タレントさんと同じ名前だったから。当時の本家マーシーはテレビでは見ない日が無いほどの売れっ子だった。
そんな彼の実家は薬局を営む一家で、古くからそこで商いをしているので木造の建物に家族6人で暮らしていた。マサシさんはそこで奥さんと2人の子供・両親と家を手伝い暮らしていた。
年末に父親が体調を崩したことをきっかけに店を継ぐ話が出始めたのが5年前。世継ぎというほど大げさでは無いにしろ、父親がこの地に一代で築いたこの店を自分が引き継ぐ事になるという事実は少なからずマサシさんの気持ちをシリアスにさせた。これが責任感のプレッシャーなのか自分ができるのかという不安なのかマサシさんには分からなかったが、おそらくそれを含めた色んな感情が混ざっているのだろう。
病気で以前より小さく見える父親は、見た目より大きい存在である事に気付かざるをえなかった。。
マサシさんにも二人の子供がいたし、自分がそういう風になれるのかは分からなかった。
父親は以前からその事を考えていたらしく、これを期にこの老朽化した木造も立て直すと言う。
「2階建てにして1階部分を店舗にして2階部分を住居にしたい。」
父親のプランを母親から聞かされたマサシさんは色んな感情で涙が出そうになった。
今までの住居は一階建ての木造だったから店舗も住居も手狭だったしこれからの子供の事を考えるとありがたい提案だった。断る理由は何も無い。
余ったスペースは賃貸で貸し出せば少しくらいの無理をしていても大丈夫だと。

そしてここで浮上したのがマサシさんに店を譲るに際しての店名の問題だ。
マサシさん本人的には今までの「加藤薬局店」でなんら問題なかったが、最近ではマツモトキヨシなどのチェーン系の薬局に押され気味の事を考えるとこれを機会にイメージチェンジは必要不可欠だった。
誰でも親しみやすく、今までの薬だけを販売しているイメージをを払拭したかった。そこで奥さんの提案が薬局を名乗るのをやめて横文字を使うことだった。
特に反論も無く、父親もお前の店なんだからお前の好きなようにしなさいと言ってくれた。
しかし「加藤ドラック」だと少しお堅い感じが残ってしまう、名前部分も横文字にしたい。そこで思いついたのがマサシさんのあだ名。
そうだ、今度からこの店は俺の店になる。俺の名前やあだ名を付けてもいいのだ。
「ドラックマーシー」これで行こう。マサシさんは家族会議で提案してみた。
「加藤薬局店」だった店が改築後は「ドラックマーシー」にしたいという提案は家族には好評であった。下の子供はドラックの意味が分からず意味を聞かれたが、教えてやるとすぐに気に入ってくれた。

看板屋さんに新しい看板を発注し、デザインを相談しているときに看板屋からイメージキャラクターなどがあると親しみやすいんじゃないかと言うアイデアをもらった。
昔保母さんをしていた奥さんは絵が得意だったので、キャラクター(マサシさん)をイメージしたキャラクター「マーシー君」を看板に描いた。
みんなの沢山の気持ちが積み重なり、加藤薬局店は晴れてドラックマーシーに生まれ変わった。

元々地元の人をターゲットにしていた経営だったが、最近はスーパーや大型ドラックストアに客を奪われ気味で、新装開店後もしばらくは客は戻ってこなかったが、マサシさんやその家族の努力で徐々にお客は戻ってくるようになり、最近では価格面でも一部の商品は勝負できるまでになった。
まだまだご近所のお得意さんメインでの経営だが、セールなどをする時はわざわざ車で来る客も少なからず増えてきた。マサシさんは新しい環境に満足していたし、仕事をこんなに楽しいと思った事が無かった。
初めて家族以外に生きがいを感じた気がした。


その事件は急にやってきた。
少し遅めの昼食をワイドショーを見ながらとっていると、某タレントが盗撮で捕まった。この人がきっかけで同じニックネームを使っている事を考えるといい気持ちはしなかった。しかし大きな問題ではないと思っていた、既にマーシーというあだ名は自分のものだと思っているし、自分の世界で生きている人間は「マーシー=加藤マサシ」の方程式が常識だった。それに某タレントさんも一時期よりもテレビでは見かけない様になっていたからだ。

数日経って、テレビでは事件の続報が伝えられていた。
どうやら覚せい剤を常用していたという事らしい。
名前が同じ理由であだ名をもらった人がテレビで本名に容疑者をつけられて報じられている。やはりいい気持ちはしなかった。
テレビを見つめているマサシさんに下の子供が不安そうな顔でマサシさんにこう尋ねた。
「ドラックっていけないことなの?何で捕まったの?」

マサシさんはこの時初めて気がついてしまったのだ。自分の店の名前が思いっきり今回の事件にはマイナスイメージであることを。
下の子供には姉が説明してくれていたのでマサシさんが説明する必要はなかったが、やっと見つけたやりがいのある仕事を汚されてしまった気がした。それに自分が感じた父親の感情を自分もいつか子供に感じてほしいと思っていたマサシさんにとって、さっきの質問は心にグサリと突き刺さる気がした。自分が悪いことをしているわけではないのに、なぜか後ろめたさを感じるのだ。

しかしこんな事があったからって、定着し始めたドラックマーシーの名前を変えるわけにはいかない。
費用の面ももちろんだが、今までがんばって「加藤薬局店」から「ドラックマーシー」にイメージチェンジを行ってきたのだ、また新しい名前を広めるのは骨の折れる作業だし、その作業の苦労はマサシさんが一番知っていた。

初めは幼馴染にからかわれたり、酒の席での笑い話になったりしたのだが、某タレントさんが2回目・3回目と事件を繰り返す度にマサシさんは許せなくなってきた。
売り上げや、お店のイメージが崩れるなどの影響はなかったが、マサシさんがこの仕事に本気な分だけ某タレントさんの行為に汚されている様な気持ちが強かった。

家族や友人はそれを察し、今では誰もその話題に触れることは無くなったし、今ではテレビを見ていても存在を思い出すことは無い、強いてうならばバカ殿がやっていても見る気がしないことだろうか。
たとえ家老役をダチョウ倶楽部の肥後がやっていようとやっぱり思い出してしまう。

しかしごく稀に、遠いところからやってきたお客さんが看板を見てクスっと笑ったり携帯で看板の写真を撮っているのを見るとあの感情が微かながら戻ってくることがある。
この間も、大きな荷物を持ったデカイ奴がカメラで店の看板を撮っていた。おそらく旅行者だろう。きっとかえってこんな名前の薬局があったと見せびらかすのだろう。

マサシさんは友人から某タレントが刑務所から出所したことを聞いた。
あのいやな感情はやっぱりどこと無く感じる事ができたが、以前よりも気分が荒ぶることは無かった。

それは久しぶりに見た彼が以前のような姿でなかったからなのか、自分の店に以前にも増して自信がついたからなのか…。

~完~”


そんな感じだろうか。

どうなんでしょうか。大方間違いではないと思います。


そんなこんなで写真を適当に撮ってまた海に向かって歩き出す俺。

あと少しで海!ってところで見つけたのがこの看板。




すば!

すばってなによ!

思いっきり書いてあるには全然意味が分からないので、暫く迷ってからお店の人に思い切って聞いてみました。

「あのー。すばって何ですか?」

「そばのことです。」

そうなんですか。しらんなんだ。
一瞬で謎が解けてしまいつまらない感じでしたが、とてもおいしそうだったので後できます!と言い残しそのまま海へ向かいます。


海沿いには公園があり、なんだか見覚えのある風景が。
数年前大学在学中に来たことがある公園だという事を思い出すには時間は要りませんでした。
数年前には友人たちと訪れた公園は一人で来ると以前よりも広く静かに感じ、時間がゆっくり流れていました。


ゲートボール風のゲームを楽しんでる老人達をベンチから眺めていると若干警戒されながらも、先日の脱ぎ癖の余韻で上半身裸になり休憩をし、思い出をなぞるように海辺まで散歩をし、自由な時間を満喫していました。




暫くすると腹も減ってきたので、さっきのすば屋さんに行くことに。

店内は地元の人ばかりの所を見るとすばってのは本当に方言の類らしい。
沖縄すばを頼んだけどそこそこおいしかったが、量が半端なく若干オーバーワークなのは否めなかった。

そして時間は昼過ぎ。
どうしようか。

このまま北谷に戻るもよし。那覇に行くのもよし。

迷った挙句選んだのは那覇での最後の夜。
空港までの道のりを考えたら足が勝手に那覇に向かっていました。

やっぱりバスを乗り継いで那覇方面へ。

4日後半次回に続きます。






2008/11/30

断髪 (動画あり)

2005年夏よりヌクヌクと育ててきた髪の毛を今日切りました。

ここ4年以内に知り合った人たちは私の髪型のイメージしかないかと思いますが、今ボウズです。

過去の写真と見比べるとだいぶ育っていたんですね。

その髪の毛を切るまでのレポートをさよなら記念としてここに記しておきます。


まずはビフォアー!


正面





なにか乗っかってますね。
数時間前まではこんな感じだったのに、今みると、何て邪魔なものが4年間ちかく乗っかってたんだって思ってます。

それじゃ断髪の一部始終を動画でどうぞ。




見ていただければ分かるように、一人で撮影を行いましたのでかなりアットホームです。


それじゃアフター行ってみましょう。

正面




だいぶすっきりしました。
かれこれ6年ぶりの坊主です。
この後すぐにバリカンにて3mmへ切りそろえたのですが、風呂に入って久々にごしごし頭皮を洗ってやりました。
シャワーを直に頭皮へあてると、声にならない声と全身鳥肌が・・・。
相当敏感になってました。

これだけ頭皮を虐めていたので、何か後遺症は残りそうだなとは感じていましたが、坊主にしてみると毛が渦巻いていた場所は若干赤く、ブロックごとに転々としていました。
そしてその上に生えている部分には小さいつむじが点在している状況に。。。。
その関係で頭がぼこぼこしてるみたいに。。。。
今までドレットで毛の生える方向が小さく区切られている上に渦巻いていたのでその名残が残ってるみたいです・・・。頭のセンターラインがぼこぼこ男の誕生です。

まぁそのうち何とかなるでしょう。

それよりも頭がかなり軽くなりました。
あと風呂がスゲー楽。
週一だったシャンプーもこれからは毎日できます。帽子もかぶれます。
少し名残惜しい気持ちもありますが、まぁこれはこれでいいかなと。


んで、切った髪の毛の本数を数えてみました。

37本ありました。
一番長い毛を測ってみたら38cmありました。
重さはハカリが無かったので測定できなかったけど、300gはあったんじゃなかろうか。
もしくはそれ以上かも。

こう見ると、結構な量があったんだなぁなんて思ってましたが、まとめてみると。


結構コンパクトに、なりました。
頭についている時はなんだか生きている気がしていたけど、こうして頭から切り離すと急に魂が抜けた感じがします。
なんだか切ない・・・・

ともかく私は坊さんみたいな頭になりました。
これからもよろしくおねがいします。


PS、写真で着ている服は、高校のときのガクランです。
正装しようと思ったけど服が無かったので着ました。深い意味は特にありません。




2008/11/28

Flickr

This is a test post from flickr, a fancy photo sharing thing.

2008/11/26

畜生!!

GT−X770でパノラマ写真がスキャンできん!
マック版の管理ツールがしょぼいのか!?そんな事は無いと思うんだけど・・・。

せっかく現像したのにフォトショップかなんかで合成しなくちゃなのか!
気がついたら夜中じゃないか!

パノラマって馬鹿にしてたけど結構構図が面白い事になるんですね。

違ったフォーマットでもやってみるもんだなぁ。

馬鹿にしてるわりにはmamiya7のパノラマキットを金を出して買ってる辺りが俺のかわいい所です。






2008/11/24

八百万の神

だんだん大人になるに連れて、物に対していい意味で執着しなくなってきてると思い始めてきた。

余計な物は買わなくなってきてるし、いい物は長く使ってる。(と思う。)

やっぱり物はいい物をかって長く使うに限ります。

現代もなお使い捨て文化が蔓延ってますが、どうなんでしょうか。ペットボトルとか毎日すげー捨ててますけどあれってどうなってんの?
ゼルダの伝説のリンクさんみたくマイ瓶を3つくらい持ち歩く方がいいんじゃないかと最近は本気で思う。
みどりの薬や妖精とかの代わりに、麦茶とか入れていけばいいよ。
コンビニでも量売りでさ。

ペットボトル業者は非常に困るかもしれないけど、国が援助して瓶業者になってもらえばいいよ。なんかすごく無責任な話だけど、今のペットボトルを含んだ消耗品の個人消費量って異常なんだと思う。
消耗品って言葉自体が安易に使われすぎてるんだと思います。

話がずれましたが、なんで今日そんな事を言い出したかというと、先日も書いたのですが、現在、私が所有するPCの中でもノート部門でメインを張っている、HPの2133が故障しやがったので、5年前の12インチ PowerBook G4 867MHzモデルを引っ張りだしてみたんです。

買って数ヶ月後に、同じ値段でスーパドライブがついたモデルが発売されたのはご愛嬌のこのモデル。5年前のモデルなのにすごくいいんです。

いきなりですが、ノートPCはキーボードが命である。と思うんです。
HPの2133もフルキーボードな所に引かれて購入しました。
でもPowerBook G4のキーボードってかなりいいのんです。
テキストをメインで使うんだったらこっちの方が俄然いいのです。
キーボードの作りが全然dん安っぽくない!
そしていい心地のタッチ感!押し込みが浅すぎず、深すぎず!確かに押したという満足感!

今は英字配列派になった私としては、PowerBook G4の英字配列を購入しておけばよかったと若干の後悔はしておりますが、また据え置きながらももう少しPowerBook G4をテキスト用に使い続けようと心に誓ったのでした。

PCなんて今でこそ性能が上がってるけど、テキスト入力なんて高いスペックなんて必要ないしね。
そう言えば今日、ポメラを使ってる人を見たけど、あれが英字配列で値段が1万ちょいくらいなら、購入を本気で考えるかも。
もちろんキーの感触は確認しますけどね。




私がiPhoneにした理由2

なぜ故に携帯電話は最小機能でいい派の私が多機能で騒がれてるiPhoneにしたのか。

携帯は持ってるし、iPodも持ってる。
別にiPhoneじゃなくてもあまり不自由はしない。
でもなぜiPhoneなのか。

理由はいくつか存在する。

・GPSがついてる。
・すてきなアプリがたくさんある。
・iPhoneがアメリカで発売した時すごくうらやましかった。
・appleスピリッツが詰まってる。
等々。

その中でもGPSがかなりでかい。GPSがついてなかったら多分買ってない。

今までの携帯にもGPSがついていたけど、その用途が圧倒的にiPhoneには勝てないのです。

まず、私がGPSが好き。まずそれ。
だってGPSって衛星とリンクして、現在地を割り出すんですよ?
かなりサイエンスじゃないですか。

当時、GR Digitalを購入し、バイクにまたがりいろんなところに行って写真を撮るのが趣味だった頃に買ったSONYの機器がある。
GPS−CS1Kという品番のこの機械はスイッチを入れると数秒ごとにGPSを使って位置情報のログを撮り続けるだけの機械。
本当にこれ以上の機能はこの機械にはついてなかった。
これをどう使うかというと、内部時計とデジカメの時計を合わせておくと、デジカメで撮った写真情報とGPSのログとを照合し、付属のPCソフトと地図アプリでどの時間にどの場所で撮った写真かを地図上に表示してくれるというもの。
俺はたしかこの機械に1万2千円をはたいた。
しかし一年もしないうちにホコリをかぶっている状態に。

GPS−CS1K全然使ってない・・・。

だって思った以上に面倒で、精度もそんなに高くないし、少し隠れただけで衛星からロストしてしまうんだもの。
俺がプログラムとかを書ける人だったら、このログを使ってgoogleマップ上に位置情報を重ねる事もできるかもしれないけど、俺はそんなプログラムが書けない。

そんなこんなで俺はGPSライフに満足していなかった。
携帯にもGPSはついてたけど、あくまでも地図に使うツール!色が強かったし、GPSは地図の為に!という使われ方があまり好きじゃない。

それじゃiPhoneでGPSはどういう使われ方をしているのかだ。
もちろん、標準アプリのマップでgoogle map上に現在位置を表示するのは当たり前だが、iPhoneで撮った写真にはユーザー任意で位置情報を付ける事ができる。
そして、有志が作った作ったアプリと連携させる事により、これをgoogleマップでどの場所で撮った写真なのかをiPhone上で確認する事が可能なのだ。
まさにスパイの秘密道具みたいではないか!

GPS好きとしてはこれがたまらない。
正直何処がすごいのかを文章にするのが面倒なので、飲みながら一晩かけて話したいくらいだ。

これがあれば本当に何処にでも行ってしまいたくなってくる。
今年の春は東北辺りに出かけよう。



ココまで書いてきたがやっぱり何がすごいのかと言えば、一つの要素から広がる無限の連携。
ユーザー次第ではいろんなツールになりうるのがiPhoneだと言うところ。
タッチダイアモンドやら、アンドロイドOS搭載の携帯やらが出てきそうな昨今ですが、なぜその中でもiPhoneなのかと聞かれれば、それはやっぱりAppleスピリットが詰め込まれたツールだからだし、生活に見事にとけ込んでいる今のiPodの様に、そうなるべくして送り込まれたツールだからです。

某タレントさんが、iPhoneの事をボロクソに言ってる記事を見たが、根本的な論点が違うのだからしょうがない。
その人は、メールは打ちにくいし、とにかく使い憎にくい!!と。
しかしiPhone自体そう言う目的で作られた携帯電話ではないのです。
そもそもiPhoneは英語圏で使われる事を想定したスマートフォンで、日本語入力であればテンキーに勝てないと思います。
そう言う人ははじめからiPhoneを選ばなければいいのになと。
iPhoneで何ができるのか。何がしたいのかがわからない人は持つべき携帯ではないし、わからない人には一生わからない。
選ぶ権利はユーザーにあるし、選ぶ責任もユーザーにある。なのに、何となくかっこいいし、見た目もいい感じとか、人気があるから!という理由でiPhoneにして、使いにくい!と公の場所で発言をするのはいささか突っ走り過ぎなのではと感じました。
その人が使ってるのか真意はよくわからないんですが。
自分にあったものを自分で選んで長く使うのが個人的にはすばらしいと考えているので、こういった軽率な発言は共感が持てません。

私がiPhoneを選んだ理由は、よく考えて、検討した結果長く使える便利なツールだと判断したからなのです。

最近バージョンが2.1から2.2に上がり、結構問題のあったブラウザがしょっちゅう落ちる問題とかがだいぶ改善された印象を受けました。
絵文字もsoftbankユーザー同士であれば対応するようになり(孫さんがかなりがんばってOSレベルの対応らしい)、グーグルストリートビューにも対応。
ますますキャバクラでもてそうな機能が次々に追加され、携帯が成長していくのもiPhoneの魅力の一つなのです。



iPhoneに私がした理由

いきなりではあるが、私長年連れ添ったauをあっさり裏切ってsoftbankにお鞍替え。
過去の通信デバイス暦を紐解けば、平成生まれは見た事も無いであろうポケットベル(東京テレメッセージ)に始まり、PHS(アステル→DDIポケット)、後に携帯電話(Docomo→IDO→Docomo→au)へと流れて行く。
途中、大学時代にAirH”を使っていた事も。
キャリアの名前を挙げてみると、既にない会社が統合も含め半数以上。
改めて時代を駆け抜けた業界だったんだなと。

中でもauになってからは特に不満もなく、今だって不満を上げろと言われたら考えてしまう。
人によっては携帯に何を求めるのかが、機能が多様化してきた昨今はだいぶ開きがあると思う。
個人的には電話は電話ができてe-mail機能があればそれ以外の機能はあまり使わない。webも中高生みたいに活用しない。
仕事でも家でもPCがあるし、どうしても携帯でのwebは億劫になる。

携帯には多くを望まない派だった。

だから別に今のままMedia Skinを使ってれば良かった。
この携帯は過去に無いくらいデザインが気に入って買った携帯だったし。

それもこれも彼が登場しなければのお話。

そう。iPhone 3Gさんの登場ですね。

あっさり日本に上陸してはや数ヶ月。周りのアップルファンに精力的に販促を行ってきましたが、一向に誰も買わない。そのうちに自分がどうしても欲しくなって来た。
ミイラ取りがミイラに。

んで、だんだん機種変をしない理由が分らなくなってあっさりと鞍替えをした次第でございます。
softbankは建物内での電波が弱いで有名でしたが、そんなにしょっちゅう電話がかかってくるでなし、会社で持たせてもらってる携帯は独断でMedia Skinだし。別にいっかってことでございます。

とりあえずiPhoneへの道のりが思った以上に遠かったので記録としてここに残しておきます。
ナンバーポータビリティって奴も初体験だったし。

web or 電話などで現在契約中のキャリアにキー番号を発行してもらう。私の場合はauに電話。

ナンバーポータビリティ担当のお姉さんにつながる。

やたら悲しそうな声でキー番号を教えてくれる。ここで少し解約に躊躇する。

最後にauを解約しsoftbankにするアンケートに答えてもらえないでしょうかとお姉さんから哀願される。むろん断れる分けない。

アンケートだけど、「アタシのどこが悪かったの?」的な感じに思え心が痛む。
特に「iPhoneにしたかった。」とハッキリ言った時は、「他に好きな人ができたんだ・・・」的なニュアンスになってしまう。(俺の中で。)
最後に俺が言った言葉が「ナンバーポータビリティナンバーを発行しても解約した事にはなら無いですよね?」の質問は俺の心の弱さが浮き彫りになってしまっていた。それに対するお姉さんの「softbankさんの契約が発生した時点でauとの契約が成立いたします。」の言葉が、「私待ってるから!信じて待ってるから!」に聞こえてしまった時点で病気である。

無事お姉さん(au)との別れを切り出しキーナンバーをゲット。
これを持ってsoftbankショップへ。

契約を進めて行く中でやたら書類を確認させられる。
私が読んだ書類だけでも3・4枚。そのすべてにサインをさせられた。
何がかいてあるかと言えば、
・iPhoneはPCが無いと使えないよ!
・iPhoneは特殊な携帯だから、壊れても修理費は自己負担だよ!
・取り使いはappleに聞いてね!
云々である。

確かに必要だと思うけど、ここでまた機種変を躊躇った。

そして無事俺の手元にiPhoneが。
しかしアドレス帳情報が移っていない。
これはショップの端末にauの携帯を繋いで電話帳の情報を吸い出して、web上に一時保存。
その後自宅のPCでCSVファイルにてダウンロード、iTunesなどを介してiPhoneへ転送する流れ。
しかし、winのoutlookエキスプレスなどでは上手い事行かない。
性。名前。よみがな。アドレス。などの項目が固定なので携帯から吸い出したCSVの情報と上手く噛み合ない。
あーだこーだして、Mac経由なら!と思いアドレスブックを使用した。
アドレスブックであれば、項目が細かく設定できたのではじめは面倒だったが、なんとか設定するときれいにデータ移行が完了した。

ここまでかいてみると、まぁ面倒だわな。
一般の機種変であれば、1時間もあればできる事を半日かけてたんですから。

でも今はiPhoneで良かったと思ってます。
最近では某タレントさんがiPhoneをぼろくそに言っていましたが、個人的にはすごく素敵なツールだと思います。

今回はここまでにして、次回はなんでiPhoneなのかを書こうかと思います。

それじゃ


2008/11/19

私が沖縄の記事を投稿しない理由

私、春に今流行のミニノートを購入しまして、最近は専らそれにブログ用の記事を書き溜めしていたんです。
休みの日なんかは気分を変えて外で書くと結構筆が進むんですよね。

一目ぼれでしたから、HPの2133って機種なんですけどね。
今店頭に並んでいるのはモデルチェンジしたヤツなんですが、私が持っておるのは英字配列キーボードの初代ね。
私、キーボードはどちらかと言えば英字配列派なんでね。

要は凄く気に入ってたんです。

でね。

沖縄の記事を溜め込んでついにこの間書き切ったんですね。ついに。

で今週末にでもまとめてうpしようかと思ったんです。

仕事から帰ってから2133を起動しようと電源を入れたんですね。
電源ランプが光って起動を待ってたらウンともスンとも言わないんですよ。お客さん。

そうなんです。壊れてたんです。唐突に。

BIOSも起動しないんですよ。マザボでしょうか。
逆にデータが飛んでないのであれば逆に安心なんですがね。

で、ブログの投稿の件なんですがね。
またあの溜め込んだ量の文章を思い出しながら書くのはもういやなんですね。
心が折れたんです。

だからPCが修理から帰ってくるまではしばらく投稿しないと思います。
心が折れましたから。

まだ修理にも出していない段階ですよ。

年内に、6月に行った沖縄の事が書ききれるかなぁ。


唯一の安心しているのは、読者が少ないって事くらい。





2008/11/03

三日目2

目的地は万座ビーチという情報だけなので、来るバス毎運転手さんにこのバスは万座ビーチに行きますか?と尋ねる。
数台を見送ったところで万座ビーチへ行くバスを発見。早速乗車。

大体1時間半くらいだったと思う。
ひたすらわからない道をバスの中から眺めているのも気持ちいいものでした。
天気はいいし、空は高いし、乗り物に乗っているのは元々嫌いじゃないのでこのままずっと乗っててもいいかな~なんておもってボーっと万座の近くまで。

とにかく降りるバス停を知らない俺は1時間経過したあたりから敏感になる。
そして「万座」というバス停を知らせるアナウンスが、欠かさず下車ボタンを押す。
しかし停まったバス停からはビーチが見えない。何で乗るときは万座行きか聞いたのに下車場所を聞かなかったのかひどく後悔する。

すると一軒のやたらおしゃれなカフェを発見。
ドアのつくりから相当のこだわりを感じる。
時間の余裕もあり、のども渇いていたのでそこで一休みがてら道を尋ねることにした。

店内に入るとやはりきれいなつくり。
席もゆったり取られていて、いすやソファもかなりいい感じ。
観葉植物がいたるところに配置されておりリゾート丸出し。
さすがリゾートホテルが並ぶ地域だなと。




ターゲット層もリゾート目的の客だろう。店員さんも健康的なお姉さん二人。
とりあえずアイスコーヒーを注文してソファで一休み。
そして万座ビーチはどこにあるのかを尋ねてみた。

俺「ところで万座ビーチはどこですか?」

おねえさん1「え?ここからだと結構ありますよ?車で5分くらいかな?」

俺「バスで万座って・・・。」

おねえさん2「確か万座ビーチってバス停が次かその次にあったような・・・」

俺「・・・・」


またしても、前夜に引き続き降りるべきバス停の前で下車するというミステイクをする。
しかも車で5分って事は歩くと10分以上かかるって事か。

俺が失意と暑さで呆然としているとおねえさん2がちょっと聞いてきますね!と言い残して外に出て行く。
誰に聞くのだろうか・・・。どちらにしてもありがたい。
確かな情報を仕入れにいってくれたおねえさん2を待ちながらよく冷えたアイスコーヒーをいただく。

しばらくするとおねえさんが帰ってくる。
どうやら歩けない距離でもないらしい。情報元は不明だったが、バス停を間違えて式に遅刻するのも馬鹿らしいので急いで向かうことにした。
アイスコーヒーの勘定とおねえさんにお礼を言うと元気に店を飛び出した。
ぜひ今度この近くに来ることがあればよりたいと思った。

それにしても外は暑い。
6月の末だったので東京はまだ肌寒い日もある時期だったが、沖縄は明らかに夏。紛れもなく夏だった。
さっきまでクーラーの効いた部屋にいた俺は、3歩あたりですでに汗が全身から噴出していた。
そしてさっきのバス停チキンレースの粘りのなさを悔いた。
よく考えたらわかったのに・・・。万座ビーチってすごく有名なリゾート地なのにバス停がない筈がない。
それなのに俺は万座と聞いただけでバスストップ。なんて情けない。
そんなチキンな俺の罰だと言い聞かせながら照り返しのきついアスファルトの道を一歩一歩踏みしめた。

しばらくすると海が見えるようになってきた。
橋を渡るとすぐにビーチらしいものが見える。
そして道路の看板を見ると
「←万座ビーチ」の文字が。

すると俺の出席を心配した友人からの電話。
もうすぐそこまで来ている事を告げると安心した様子で「チャペルで」と。
気取りやがってと云う俺の足は明らかにさっきに比べると軽くなっていた。

万座ビーチホテルのゲートを横切ると守衛さんに行き先を聞かれる。
チャペルだと告げると、ここから歩くと距離があるのでバスを呼びますと言ってくれた。
そのバスに乗りホテルまで到着。安宿を転々としてる俺は久々のリゾートホテルに少々圧巻される。

一応正装しようと努力し、かりゆしに着替えたいのでホテルの人にどこか着替える場所はないかと尋ねると、
水周りは使わないでくださいねと部屋を一室貸してくれた。やっぱりホテルのサービスはいい。初日のスプリングがおかしいベットに寝て寝違えていた俺なんかに部屋をポーンと貸してくれた。
着替えを済ましてロビーに戻り、式の始まる時間を尋ねるとすでにチャペルには入れるとの事、ならばと俺はチャペルで待つことにした。

急ぎ足でチャペルに向かうと立派な建物が見えてきた。
焦りと興奮で俺はよくわからなくなっていた。
そこで事件が・・・。

俺はこの旅にカメラを二台持ってきていた。
ひとつはNikon F3 と Ricoh GR Digitalだ。
その二台を肩から提げて小走りをしたものだから、強固なボディのF3さんがデリケートで有名なGRさんの液晶に対してぶちかましをキメていた。
俺はチャペルの外観を広角で下からあおるアングルを頂こうとしたときに初めて気がついた。

液晶が悲惨なまでにグッチャリしていた。

ザ・ワールドである。

まさに時間が止まった。
いわば今回の旅は今日こそ本番なのに、その直前にカメラが壊れるってどういうことなんだ!!
俺の馬鹿!

幸いにも壊れたのは液晶だけのようだ。(たぶん。)
壊れているのは液晶だけと信じてとりあえず勘でシャッターを押す。
こうなれば構図など考えないで、数打ちゃ当たる作戦をするしかない。
よってこれより出てくるカラーの写真はすべて液晶なしで撮った写真です。








さぁここから今回の旅のメインイベント結婚式が始まる。
ここで一度整理しておこう。

まず今回の結婚式には俺以外は親族しかいない。
また、俺は新郎新婦の親族には面識がない。
さらに俺の容姿は基本的に初対面の人には好印象は与えることがない。

上記の要素を踏まえはじき出した方程式によい結果は生まれるだろうか。
俺は正直不安だった。
せめて式が始まる前にご両親に挨拶をして円滑に事を進めたい。
俺は最大限の笑顔でご親族にご挨拶を!と心に決めチャペルへ飛び込んだ。

「はじめまし・・・・て?」

白にまとめられたチャペルにはリゾートにふさわしく祭壇のバックに大きなガラスの窓があり、その先には青い空と海が広がっている。



なんて神秘的な空間なんだ…。
「ここで結婚式を親族だけで挙げるなんて贅沢ですね~」

って誰もいない!

やばい!俺が一番乗りだ!
神聖な結婚式に親族より俺が先に入ってるという大失態。
居候が一番風呂に入ってしまう様な気まずさが俺を襲う。

外で待つべきかこのままおとなしくしているべきか・・・・。迷っているうちに外から声がしている。

ジーザス。

こうなれば最大限の笑顔で迎えるしかない!

緊張の一瞬。


ドアが開くと新郎のご両親・お兄さん・お兄さんの奥さん・おねえさん。新婦のご両親・お兄さん・お兄さんの彼女(後に判明)
俺が何から話そうと探りながら挨拶をすると新郎のご家族が俺の事を察して暖かく迎えていただいた。
無駄な心配でした。

以前から聞いてはいたのだが、新郎のご家族はかなり気さくな感じですぐに打ち解けることができた。
大学時代からの友人なので、いろんなエピソードは耳に入っていたらしく初対面だとは思えないほど一気に打ち解ける。
新郎のお姉さんに至っては写真で見たよ~と俺に良くありがちな写真情報先行型の初対面だったので、すごくやりやすかった。

新婦のご家族は新郎の家族に比べるとやはりよそよそしさがあったが、突然の巨人の登場にも関わらず、歓迎してくださった。

ついさっきの気まずさはご両家のご家族によって要らぬ心配でした。

しばらくすると式がそろそろ始まると係りの方からアナウンスがあった。
そしてパイプオルガンの演奏が始まる。

中央のドアが開き新婦が入場。

ここからは一般的な式の流れだが、やはり親族だけのリゾートウェディングである。
なんだか今までの式と一味違う。

なんか新鮮だ。


俺は両家の座っている席の一番後ろに座っていたので、新しい家族一同を後ろから眺める形に。
新しい家族の向こうには新郎新婦。
その先には大きな窓があり、そこからは青い海が広がってビーチに白い波が揺れている。南国の初夏の風に草木と原色の花々揺れていて、蝶も舞っている。

これが地味婚・・・。全然地味じゃない・・・・。




ここ数年でいろんな結婚式に出席させていただきましたが、今回の式は全く未知の体験で、これも一つの選択しだなぁと、全く結婚の気配の無い俺が思うくらいだからこの場に結婚を考えているカップルなんぞいたら失神しているんじゃなかろうか。



ともあれ、クラッシャーF3とちゃんと写っているのか分からないGRでひたすら写真を撮りながら式は無事終了し、二人は神の御許に結ばれたのでした。

チャペルの外でも幸せの鐘たるものを二人で鳴らしたり、シャンパンで乾杯したり(暑い中飲む冷えたシャンパンはかなり旨かった。モナコセレブ気取り)
恥ずかしい二人の写真を撮ったり。(知人には是非見せたい。)

式場のカメラマンが引くぐらい積極的に写真を撮りまくっていました。
「蛙くん(仮名)は家の専属カメラマンだなぁ~」なんて言われて実に微笑ましい空間を満喫させていただきました。


これから一同は食事会をする予定で、俺はここでおいとまさせていただく予定だったのだが、ご両親がどうせなら一緒に食事をしませんかとお心遣いをいただいたので、厚かましくも急遽ご一緒させていただくことに。
まともなご祝儀も用意していない俺は恐縮しつつも喜んで参加させていただきました。

家族だけの結婚式に不純物が混ざってしまうのはどうかと思ったのですが、シャンパンで勢いづいていたし、正直飲み足りなかったのであまり遠慮せずに即決したのは内緒です。

奇妙な組み合わせながらも楽しく食事をさせていただき、ケーキ入刀。
そして俺が北谷で買ってきたプレゼント(表)を渡す。
ペアルックを渡して、家族と一緒に新郎新婦を冷やかす。
意外にこのプレゼントの受けがよく、(値段の割には)えらい感謝されたのでした。
望まずともぐんぐん上がる俺の株。
親戚的な感じで馴染めてしまったのも一様にご両家の懐の深さでしょう。

そしてこっそりプレゼント(裏)をわたしてお開きの時間に。

かなり楽しかったので、今度実家に遊びに行きますので!と半ば強引に那須のご実家に宿泊の予約をする。
第二の故郷を思わぬ所でゲット!


このまま楽しく飲んでいたかったのですが、さすがにこれ以上滞在するわけにはいかないと酔っ払いながらも判断し、ご両家にお別れを告げてまた一人の旅が始まったのです。



その時の時間は16時。沖縄の太陽はまだまだ高いところにいます。
酒も入っていたし、このまま一日は終われないなと思っていた俺は、選択を迫られていました。

・このまま北上する。
・南下して宿の方向に戻る。

の二択です。

この状況での答えはもちろん北上でしょう。

基本的に俺が物事を決める時は俺の頭の中にいる小さな11人の俺が多数決をして決めます。
今回の会議で保守的に南下を主張する奴が数名いましたが、そんな野暮な事を言う奴はさっさと東京に帰れ!と小さな俺がボコボコにされていました。
よって俺は名護行きのバスに飛び乗る事になりました。

やはりバスの中は数名の乗客だけでした。俺は大体後ろの席に座ることが多かったのですが、今回ばかりは前の席の方に腰をかけました。
すると素敵なプレゼント!



俺が座ったピンポイントの席に誰かがくれた(忘れていった)缶チューハイが。
東京でこの状況ならば間違いなく毒入りを疑わないのですが、ここは南国沖縄。
そういう発想を持っている人がいる訳がない。と信じている俺が取った行動はもちろんありがたくいただく意外にありません。
まぁ気持ちよく酔っ払っていて、目の前にお酒を出されただけの話なんですが、開封されていない事だけを確認し、プルタブに指をかけました。
プシュー!っと景気のいい音がしたので安心していただきました。
疲れていたのか、さっきの酒が効いたのかいつもよりアルコールが高い気がしましたが、この場合はむしろ好都合でしょう。楽しいバスの旅が始まったのです。

何分か走ったあたりで素敵なビーチ沿いを走る道に出ました。
おそらくどこかのホテルが所有しているビーチなのか、きれいに保たれています。
水平線の向こうには沈みかける太陽が。

今日はここで夕日の沈む様を見届けよう。

直感的にそう思った俺はすぐに停車ボタンを押して次のバス停で下車しました。
チューハイはまだ半分以上残っていたので、まだ楽しめます。

歩道とビーチを隔てる柵を越え、ちょっとした林を抜けるとビーチ。砂浜と海と太陽だけ。
遠くの岬にホテルが見えますが、シーズンもまだ始まったばかりだったので、ビーチには人影はありません。人が管理している証拠にコンクリートとタイヤの跡がありましたが間違いなくこのビーチにいるのは俺だけでした。


なんて贅沢な時間なんだと酔っている俺は一人で感動しました。。
また太陽と水平線の距離は離れていて、すぐに夕日が沈む姿は見られそうにありません。俺はとりあえずパンツ一丁になる事にしました。
暑かったし、タンクトップ焼けを目立たなくしたいとも思ったけど、一番シックリ来る理由は服を着ている事に違和感を覚えたからでしょうか。
今という時間は普段コンクリートジャングルで生きている俺が、自然と一体化する大切な時間なんじゃないのか?という自分自身への問いかけの答えだったのです。
砂浜と太陽と海と俺しかいないのに、服を着ている意味があるだろうか。


「いや、ない。」


俺はしばらくその姿で足だけ海に入ったり、音楽を聴いたり、本を読んだり、チューハイを飲んだりしていました。
やがてある事に気がついたのです。
じゃあ俺の履いているパンツってなんだ?これこそ俺が、俺自身が、自然と自分を隔てている証拠ではないのか。ここには砂浜と太陽と海と俺しかいないんじゃなかったのか?
パンツってこの時間に必要なものなのか。


「いや、必要ない。」


俺は迷うことなくパンツを脱ぎ捨て、この世に生まれて以来はじめて自然に帰ったのです。
それは今まで服を着ていることが不思議になるくらい開放的な体験でした。
欧米でストリートキングのお祭りや、ヌーディストビーチがある理由が一瞬で理解できました。


「これだな。」


俺は小さな声でつぶやきお粗末な一物はお天道様とご挨拶。
俺は完全に自然のひとつの要素として溶け込んでいました。

途中、犬の散歩をしている人が向こうからやって来ましたが、肌色の物体に気がついたのか、いつもの散歩コースなのかわかりませんが、50M前くらいでUターン。
その時はさすがにパンツを引き寄せ、いつでもはける準備をしていましたが、それ以外は夕日が沈むまで全裸を楽しみ、夕日が完全に沈んだ跡に来る紫や青色、そして完全に黒にになるまで楽しみ尽くしました。



満足した俺は、暗闇でいそいそとパンツを履き、ズボンを履き。そろそろ宿に戻ろうと動き出しました。

降りたバス停とは逆斜線のバス停でバスを待っていると俺は何かこのまま一日が終わってしまう恐怖感を感じずにはいらせません。
全裸になって息子を太陽に紹介した俺にはまだ何かやり足りなかったのです。

しかしあたりを見渡しても何もないし、あったとしてもコンビ二と道路と車だけ。
そこで俺がひらめきました。

ヒッチハイクだ!

そうと決めたらもう俺の親指は勢い良く天を向いていました。
はじめはバス停で走っている車に親指を立てていたが、一向に停まりません。
なんとなく物足りない俺は歩いて南下を始めました。
右手で親指を立てながら暗い道をひたすら歩き始めました。

思った以上に車は停まってくれません。
今思って見ると、客観的に俺を見たらまず乗せようとは思わないだろうなと。
おそらく脱獄犯か強盗の類だと思われても仕方ない風貌ですから。
でも、全裸で高揚している俺がそんな事に気がつくこともなく、ヒッチハイクは続きます。頭の中ではあの雲のようにが流れていたのは言うまでもありません。
見た目はドロンズだけど。

4kmくらい歩いたでしょうか。
ぜんぜん停まってくれないので、次のバス停でバスを待とう。次のバス停で・・・と思いながらも、歩くことに楽しくなってしまった俺はひたすら歩き続けました。
だいぶ車の流れも少なくなってきたなと感じたころに奇跡が。

道端の自販機が並ぶエリアに走っていた軽自動車が2台停まりハザードをつけました。。
結構先で停まったので、俺ではないと思いながらも少し期待しつつ歩き続けました。
どんどん軽自動車が近くなり、手前に止まった自動車の中をのぞこうと思ったら運転手が出てきて自販機へ。
考えてみればここは小休憩場所みたいなつくりになっているので、車がジュースを買いに停まってもなんらおかしくない。ちょっと期待してしまった俺は恥ずかしくもその車をスルー。
二台目の軽自動車も同じだろうと期待せず通り過ごそうとしました。
そして真横を通った瞬間中からオジサンの声が。

「カレシ!乗りな!!」

期待していなかった分、驚きと喜びでちゃんと声が出ません。
おじさんは暴れる犬を必死で後ろの座席に繋いでいます。

いいんですか?と聞くと早く乗れとおじさんは言ってくれました。
カレシはでかいから乗れるかな?といいながらも助手席を勧めてくれたおじさん。
確かに俺はシティーハンターの海坊主ばりにぱっつんぱっつんで車に乗り込みました。

どこまで行くのかをたずねられ、北谷までだと返答するとそこなら通るから乗せてってやると快く引き受けてくれました。ここで気になってくるのは報酬的な事ですが、俺は乗せてくれたという事実だけでもうれしかったので、法外な金額を言われたとしてもいいかなと、あえて謝礼的なことは聞かないことにしました。
後ろの席では犬がひたすら不審な俺を至近距離で吼えまくっていましたが、今にも喉に噛み付きそうな犬でさえオジサンのやさしさで怖くありません。むしろ手を出して撫でてやりました。結構噛まれましたが、こいつとは北谷までの連れです。
仲良くしようと無理やり撫でていると、噛んでも噛んでもニコニコしている俺にあきれたのか犬は落ち着きを取り戻しその場に座り込みました。

おじさんの風貌は一瞬でガテンとわかる感じ。車内も仕事道具が散乱していました。
おじさんといろんな話を聞きましたが、とりあえず最初に聞いた話はおれみたいなヒッチハイクを見たら必ず乗せるようにしているという話でした。
沖縄は助け合いの精神で生きているから、困っていたり、助けを求められていれば力を貸してやるんだと。
思いつきでヒッチハイクをしている俺としては、オジサンの力を無駄に使わしてしまっているようで気が引けたけど、ご好意だと思ってありがたく甘んじました。

ほかにもオジサンは昔船乗りだったの話や、自慢の息子は青学を出ていて今は某有名な都市銀行に勤めいているという話。
沖縄にいる米軍の話。オジサン曰く、米軍は沖縄に核ミサイルを持ち込んでいるということでした。まぁない話ではないけども、沖縄現地の人から直接聞く米軍の話はリアリティがあるなぁと。
おじさんは米軍反対派の人。米軍がいなくなればもっと観光事業や産業が発達できると熱っぽく話してくれました。

それにしてもこのおじさんは車をすごい勢いで飛ばします。
軽自動車だから体感速度も速く感じるんですが、それこそシティーハンターばりにすり抜けを繰り返します。そしてやたらタンを吐く。
クーラーは全開なのに窓も両サイド全開。窓の外に3分に一回のペースでタンを吐く。
どこからそのペースでタンが生成されるんだと不思議なくらい吐き続けています。

しばらくすると会話が途切れ、俺は窓の外を眺めていました。
するとおじさんが不意に俺の前にタバコの箱を差し出しました。
俺はタバコを勧められてるんだと思って、断ろうとするとおじさんはこう言いました。

「俺はこのタバコを一日6箱吸う!」

いや聞いていない。

なぜその情報を俺に伝えたのかの真意は未だにわかりません。
窓を全開なのもタンを吐き続けるのもこれが原因なのはわかったけど、その情報はあまりにも唐突過ぎて俺はうまくリアクションが取れませんでした。
その他にも社内にあったボコボコの缶コーヒーと勧めてくれたりしましたが、その後行為は丁重にお断りさせていただきました。、
色々話をしてくれたのは会話が途切れたことに気を使ってくれたのかと思うと悪いことをしたなと。
とにかく優しくてあったかいおじさんでした。

やがて北谷が近づき、道端でおろしてもらいました。
お礼を言った時でお礼的なものをと思った時にはおじさんの軽自動車はまた勢いよく走り出しすぐに小さくなっていきました。
おじさんは最後に「またなんか機会があったらな!!」と言っていました。

なんだかあまりにも潔すぎてボーゼンとその場にしばらく立ち尽くして、一期一会を身を持って感じたような気分でした。
あまりも車内が狭すぎてカメラを出すことができなかったのでおじさんの写真が残っていません。今でもあのおじさんは本当に実在したのかわからないほどあっけない別れ。
だがそれがいい。

車を降りると急に腹が減ったので北谷の回転寿司屋に入る事に。
俺は寿司が好きで仕方ないので、地方に行った時には回転すし屋があればご当地物を選ばずに回転寿司屋に入っちゃうくらいですが、いつも思うのは寿司は江戸前に限るな。という結論。
なんだか物足りなかったが宿に戻ってとりあえず風呂に入る。
すると疲れがどっときたので、あえなく就寝。
まだまだ遊びたいのに疲れて寝てしまうなんていつぶりだろうなんて考えながら深い眠りについたのでした。


4日目に続く。


2008/10/19

とあるネ申のお話

やっぱりこの人ちゃんとしてる人なんだね。




2008/10/16

____ツッツキ

バンダイのおもちゃでこんなのを見つけました。

___ツッツキ


駄目だろ。コレはムービーとかの完成度もインディーズのAV見たいだもの。

10月22日に想像しているものとは違うものが発表されるのはわかっていても、気になってしまうのは
性(サガ)ってやつなんですね。


2008/10/14

やっと3日目

三日目。

とりあえず那覇から拠点を北谷へ移した初日。
本当の目的である友人の結婚式の日である。
昨日は疲れのおかげでゆっくり眠れ、寝起きはばっちりだった。

そもそも今回の結婚式は呼ばれていないようなものなので、お恥ずかしながらご祝儀的なものは一切用意していない、かといって手ぶらで、しかもならず者みたいな格好で現れることを考えると手ぶらってわけにもいかない…。

何か新婚の二人に上げられるようなものはないかと北谷で詮索開始。
とりあえず宿のお兄さんにその趣旨を話すと、この辺だとジャスコぐらいしかないよと。
時刻を確認すると10時くらい。ちょうどオープンするくらいか・・・。

その日もこの宿に泊まる予定だったのでカバンの中にはカメラと昨日買ったかりゆし、あと着替え。(絶対に汗かくから)
昨日の夜に洗濯した服を見に行ったら見事に乾いてる。さすが、沖縄の日差し。

とにかくジャスコに向かってゴー。宿からは歩いて10~15分くらいの距離。
元気よく飛び出したが、太陽の日差しが容赦ない。俺はすぐさま右手を道路に突き出していた。
距離も短くタクシーに少し申し訳なかったので、この辺の地理に疎いフリして(詳しくはないが)ジャスコへタクシーを誘導。
見事にクーラーTOクーラーを成功させる。

北谷には何度か訪れたことはあり、ジャスコの存在は知っていたが入ったことはなかった。
沖縄のジャスコはもれなくでかいのでさほど気にも留めていなかったのだが、久々に入ると東京のジャスコとは大きく違う。
入ってる店舗が違う。ちょっとしたショッピングモール。
が、あいていない店舗が多すぎる。
まだ多くの店が開店準備中だった。
スタバがあいていたのでとりあえず朝食をとることにした。



日曜だったので、親子が母と娘の親子が一組とおそらく米軍のファミリーが一組、同じく朝食をとりに来ていた。
俺はコーヒーとケンタッキーのツイスターみたいのを頼んだ。
800円近くとられたんですが。軽く殺意が芽生え始めた。しかもツイスターがまずくて小さい。
すでに沖縄の安くてうまくて量が多いという大三元のお世話になっていた俺は仕方なくそれを食べて、時間をつぶすためと、プレゼントを何にするかを考えるだけためにその場にいた。
コーヒーをすすりながら開店準備をしているおねえちゃんを眺めプレゼントを何にするかを考えていると、ジャスコの中にプレゼントできるようなものを売ってるのは洋服や位しかないことに気がついた。
元々。かりゆしをプレゼントするつもりでいた俺としては、洋服でも問題なかったのだが、思った以上に選択肢が狭いことに気がついてしまった。

店もボチボチ開き始めて開いたところから見て回ったんだけどもなかなかこれだ!!って者が見つからない。
とりあえず条件としては

・新婚な二人にふさわしい。
・このままハネムーンに行くので荷物にならない。
・なつべく実用的である。
・ご親族受けのいいもの。
・リーズナブル ←最重要

んでふらふら回りながらやっぱりペアルックのかりゆしだよなーなんて思ってたんだけど、結局ジャスコにはお目当ては見つけられず。
畜生、まずい朝食に800円近く払って開店待ったのに!超使えねぇ!
と捨て台詞を吐いてジャスコ以外のお店へ。
古着とかアメリカンカジュアル的な洋服を取り扱ってる、割と北谷の一等地にあるところで物色開始。
あまり時間もなかったので店員さんにことの趣旨を説明し、一緒に探してもらうことに。
かりゆしはないけどアロハならあるとのこと。しかもペアで。
アロハとかりゆしの違いを聞くと大して変わりないとのこと。かえって軽く調べてみたら
アロハシャツの期限はハワイで日本の反物でシャツを作ったところに起源があり、かりゆしは沖縄の生地で作ったのみたいなかんじ、なんか親戚みたいなかんじか?
まぁいいかと思い二人のことを思い浮かべ、同じ柄のデザインで色が反転しているペアのシャツをチョイス。



お姉さんにラッピングをしてもらっている間にほかの店を見にぷらぷら。
立ち寄った雑貨屋で小物を買ってあげようと。
とりあえずお嫁さんにはリゾートらしくハイビスカスの髪どめを。
旦那にはありがちだが沖縄限定のコンドームを。ほら。新婚だし。

とりあえずご両親の前で開けられるのは気まずいので紙袋に入れてもらう。

シャツを買った店に戻り、ラッピングされたシャツを受け取る。
箱に入れてくれたので割りとプレゼントらしくなってる!いい感じだ!
きっとご親族も喜んでくださるに違いない!コンドームさえばれなければ!

準備万端を確認し時間を見ると若干の余裕が!バスまでは時間がある。
ということで朝食のリベンジをすることにした。

おなじみ、沖縄にしかないファーストフードA&W!
俺はここのチキンのファンである。



とりあえずコーラとチキンを食べ、見事スタバの雪辱を果たす。
そして誓った。スタバで食事を二度としないと。


ころのいい時間になりバス停へ。
それにしても空がうそみたいに青い。
バスを待ちながら、ここは東京で無いことを改めて感じる事ができた。



次回、結婚式編をご期待ください。





2008/10/11

更新したいけど

JAM氏から更新の催促を頂きましたが、いかんせん最近の休日は忙しく動いております故、なかなか筆をる時間が取れません。

今日も代官山で貴重な体験をさせて頂いています。
今日の事は追って報告致します。

また、明日は大崎でこれ又貴重な体験をしてみようかと思います。

ああーーー来週は来週で楽しみな事が。。。

昭和の小説家みたいに温泉旅館に籠って全て書き上げたい!!

最近こんな投稿しかしとらんと愛想つかされるかもしれん。

がんばります。

2008/09/28

ラブホでやれ。

今日は後輩の飲酒。

高知から久々に東京に来た男とその彼女(東京在住)
静岡から久々に東京に来た男
秦野から来た男と彼女(東京在住)
下北沢から来た女
下町から来た女
と俺

高知と秦野の彼女は21歳だった。
秦野にいたってはホカホカだったので恋のAtoZを聞こうと思ったのですが、下町の女の会社に伝わる不倫話に夢中になった事を反省しています。

まぁそんなこんなで帰宅しようとしたのですが、最近の流行で国分寺についてから寄り道して帰宅するってのがあるんですが、今日もしました。デニーズで。
ここに載せようと思っている事を一気に書ききってしまおうと息を巻いて着席したのですが、ここで衝撃的な事がありました。

一言で言えば、

「カップルがボックス席でオーラルセックス」

もうね。AVのタイトルだよね。

SOD風に言えば
「SOD調査隊がイクッ!!深夜のファミレス事情 デ○ーズ編 」

店の中でも一番死角になるボックス席で向かいではなく、隣同士で座ってる二人。
初めはやたらいちゃついてるなぁなんて思ったら、男が突然モゾモゾし始めてしばらくすると彼女の顔が見えない。トイレでも行ったのかなーなんて思ったら顔が男の股間の辺りにあるんですね。
膝枕で寝てんのかなー?なんて思ったら定期的に頭は上げるんですよ。
でまた頭を下げたら男が目を瞑って上を向くんですね。
あーそういう事かと。

実際にしているところが見えたわけじゃないんですが、もうあからさまなもんで気になって気になって。
こういうAVがあれば喜んで見るんだけども、実際に目の前でやられるとなんとも言えない気持ちですね。
やっぱりAVはノンフィクションを追求するフィクションであるべきです。

もうさ、ラブホテルでやろうよ。
せめてファミレスとかはね。なしでしょうよ。
ファミレスはファミリーで来るレストランであって、ファミリーを作るレストランじゃないですよ。

後輩とその彼女がいちゃつくのを見て。その後に知らないカップルのオーラルセックスを見て。


今日は憑いてます。




2008/09/26

便秘

書きたいことが沢山あるのに、6月の出来事さえ書ききれていない。

完全に詰まってる。
これは明日無理にでも沖縄編だけでも書き上げないと・・・。

と言う決意表明。


2008/09/04

電車にて。

電車内に設置してある液晶画面は山手線より中央線の方が解像度が高い。


蛙�

2008/09/02

諦めないで、富士

昨日は富士山を諦めて浅草サンバカーニバルに参加したことをお伝えしましたが、本日富士山チャレンジのリベンジ企画が発案されました。

しかも今週末です。
気合を入れなおさなければなりません。

前回は俺の大学の友人を中心とし、その友人の地元の人5人くらいと大学の後輩2人の総勢10人弱のパーティでしたが、今回の企画は現段階で発案者の大学の友人と俺だけ。
夢を諦められない男たちの火はゲリラ雨では消せないのでした。
まぁ現段階での週間天気予報では土日共に曇りのち雨。
雨が降ったらまた中止だろうけどね。

今から量産型てるてる坊主の生産ラインを三交代制でフル活動と共にジム通いを抜け目無くせねば。
正直富士山中止にして食生活が荒れているので。

今後の投稿の予定は

沖縄完結

サンバレポート

富士山レポート

の予定ですが、予定は未定です。


2008/09/01

プロジェクト

えー先週末に書いた私の手記を投稿します。
詳細は下記内容に記してありますので、お時間がある方は目を通してみてください。

下記の文章は2008年8月29日に書かれたものです。



実は一ヶ月前から密かに進めていたプロジェクトがあります。

投稿頻度の低下はこのプロジェクトに俺自身のリソースが奪われていた事が大きいのは事実です。

 この件については、今までは見向きもしなかったので自分自身なんでこんなにアツくなっているのかも自分自身疑問であり、不可解ではありますが、俺の中にこんな感情があっただなんて思ってもいなかったので、新しい自分の発見に心弾む毎日でした。

ズバリそのプロジェクトとは何か、

それは、「富士山チャレンジ2008~日本で一番高い山(ばしょ)~」である。

 きっかけは突然に友人から誘われた事に始まります。
去年の年末に大学の友人と過ごしたときに、今年の夏に沖縄で式を挙げた友人が「富士山にのぼろう」といい始めたのです。
その時はインドア至上主義だった私としては、俺の次元の話ではない、そう思っていました。
数ヵ月後に会った時にも富士山の誘いを受け、その時も俺には関係ない話にしか聞こえなく、気にも留めていない俺は生返事を返すだけでした。
次に会ったのは沖縄での式の時、今思えばこの時からかもしれません。俺がインドアの殻を破り始めたのは。

 沖縄の時の俺は一人ビーチで全裸になってしまう位アウトドア人間。可愛い子には旅をさせと言わんばかりに息子アウトドアにしてしまうくらい心がと解き放たれていた状態でした。
そんな時に「日本で一番高い山に登ろう!」なんて言われたら、答えはもちろんYES!に決まっているのです。

それでもまだ自分自身が本当に富士山に登るなんて実感がなく数日が過ぎ、しばらくすると友人から再度意思確認の連絡がありました。
沖縄の余韻が東京に帰っても続いていた俺は、ファイナルアンサーもYESと返答。
その事により、正式に富士山チャレンジに参加する事になりました。

 すると私は富士登山に関する情報をぼちぼち始めることにしました。
前述でも触れましたが、私はインドア派。山に関する知識はもちろんありません。
ネットなどの情報はいまいちシックリせず、生の声を聞くことにしました。
探してみると富士登山経験者は以外に多く、そして一様に同じ事を言いました。

「マジできつい。」

正直言いますと私、後悔をこの時点でしました。

間違いなくスポーツ万能の人間からその言葉を聞いたときには後悔よりも絶望でした。
間違えた!やはり俺の次元ではない!そう思ったのです。
その証拠に大多数の人間は俺が富士山に登ることに対し、「無理だ、できっこない。それは冗談のつもりなのか」とさえ言いました。

しかし散々いろいろな所で吹いて回った後なので、撤回もできない上、俺にだってプライドが。
それに沖縄の栄光の余韻がまだ残っていた俺は、それにめげずに立ち向かう思考回路が奇跡的にあったのです。

そうだ、無い体力はつければいい。半年前の俺であればまず導き出されない答である。
恐るべしオープンマインド。

思い立ったが吉日こと私は、登山予定日一ヶ月前から会社近くのスポーツクラブに入会。
しかも早朝プラン。出社前に一汗かこうという魂胆です。
その時も周囲の反応は冷たいものでした。
「無理だ。お前何を考えているのだ。」
しかし、俺はそういった周囲の言葉は聞かずに、自分のペースで体力作りをはじめました。
初めこそテンションが上がりはりきりすぎて、太ももが破裂しそうな筋肉痛に襲われたことがありましたが、自分の体と相談をし下半身を中心に体作りをはじめました。
私の人生において、自分から体を鍛えようなどという考えが実際に行動に出たケースは今回が初めてであります。自分を痛めつけることに楽しみを見出し始めた私は、私自身を客観的に見ると考え方に明らかな変化を見出すことができました。
それは一概に富士登頂という目標があったからであり、俺だけの力ではありません。
会社の人々は毎週のように「もうさすがにジムに行かなくなっただろう」などという魂胆で俺に聞いてきますが、言っている事実を知るとその質問も少なくなってまいりました。また、俺のこの気持ちに対して好意的に捕らえていただける方もおり、その中の一人にお借りした漫画「岳」にいたっては俺を奮い立たせる起爆剤となりました。

 体力も大きな問題ですが、登山に対する知識が無いことは大きな問題のひとつです。
幸いにも同じ会社の他部署にミスターマウンテンな方がおりましたので、その方を勝手に師と仰ぐと共に師からは様々な貴重な情報と実体験のお話を頂く事ができました。
ちなみに師は今期富士山には5回登る予定があり、既に3回登頂されているとの事。
また、8月の週末の予定は富士山・八ヶ岳・富士山というもはやそれを職業にした方がいいのではないかと思うくらい神々しいスケジュールをこなす方なのです。l

師に頼ってばかりでは無く独自に調べる事も忘れてはいません。
普段は近寄らなかったアウトドアショップへあしげ無く通い、店員を捕まえては様々なことを聞き倒しました。

そこでだんだんと富士登山についてわかってまいりました。

・とにかく生半可な気持ちで登るべからず。
・装備に怠ること無かれ。
・無理をしての登頂はトレッキングにあらず。

そして師からいただいたお言葉は
「結局登るのは自分だから」
という涙がこぼれそうな厳しくも暖かいお言葉でした。

改めて富士登山の奥の深さを知った私は、ひとつずつ準備を始めました。
サイズに問題があった雨具に関しても何とか入手し、酸素やヘッドライトなどの小物もそろえ、フリース・サマーダウンなどの防寒具に関しても着実に準備を進めました。
靴などは富士登山にしか使えないようなものを購入し、仕事よりもはるかに緻密なスケジューリングを行ったのです。

 そして明日、運命の日を迎えようとしています。
短くはありますが、一ヶ月という俺の中で準備していたプロジェクトの集大成を迎えるのです。
しかし関東一円は記録的な大雨に見舞われてしまうという前途多難な状況。
私はいったいどうすればいいのだと。
神は時にして意地悪である。

私が今まで登山に対して抱いたこの気持ちがこの雨によって台無しにされてしまうのではないかと考えると非常に残念でならないのですが、自身でいろんな事を調べ悟った事に
・無理をしての登頂はトレッキングにあらず。
ともあります。
山は逃げません。明日登らなくともいつでも登ることは可能です。
だめだと判断しても次の機会に向けてまた準備をすればいいのです。

こんな前向きになれるのもきっと山が教えてくれたことなのではないのでしょうか。
人間も育ててくれる。それが登山なのです。(登ったこと無いけど。)

だからこそ、明日の判断が登山中止でも後悔はしないし、それは前向きな考え方ではないでしょうか。

だから、俺が明日浅草サンバカーニバルに参加しても友人を裏切ることにはならないし、それは俺のキャパを広げるできこと。
そういった思考になるのは山を登ろうという心構えが引き出してくれたことなのである。

だから後半は雨だと登山のテンションにならないという弱い心が出てきるのでは断じてなく。サンバカーニバルにしつこく誘ってくる地元の友達の「雨の登山は寒くてつらいけど、雨の中のサンバは少しだけ楽しいよ」の言葉に心が揺さぶられているの事実は微塵も無いことをあらわしている事を声を大にして言いたいのです。

山だいすき!

さんきゅー!



この次の日に富士山チャレンジはゲリラ雷雨により中止になり、私は浅草サンバカーニバルへ参加いたしました。
その内容は後日またここで。
その前に沖縄の方を先にやっつけたい。



2008/08/18

2日目後半2

やっと2日目を終わらせます。
なんだか、沖縄に行ったのが遠い昔に感じられて更新欲が日に日になくなっていくのを感じますが、何とかやり遂げたいと思います!!

前回はかりゆしを買ってバスに乗ったところからだった気がします。

そんで、北谷行きのバスに乗り北谷を目指した俺ですが、とりあえず降りるバス停はわかりません。
沖縄には数回来た事はあるけども、バスでの移動はこれが始めて。
とあれば現地の人に聞く以外情報はありませんよね。

俺が座った席はエンジェル伝説で言うところの主人公が座る席、俗に言う番長席ってやつです。
その斜め前に座っているおねえさんに「北谷に行きたいんですが、どこのバス停で降りればいいですか?」と尋ねてみた。



お姉さんはいきなりの質問に最初は驚きはしたものの丁寧に教えてくださった。
まぁ、ざっくりしかわからないが、確か北谷というバス停はあったとの事。近くなったら教えてくれると。
なんてやさしいのかしら。少し話し込むとおねえさんは看護婦さんらしい。そして元は関西の出身であれこれあって沖縄で働いているらしい。
なんですべて「らしい」なのか、実はバスのエンジン音がうるさすぎて半分以上何を言っているかわからなかったのだ。
とにかくなんとなくおねえさんの話を聞いて、なんとなく俺の素性も話しをした。
しばらく走ると北谷というバス停を知らせるアナウンス。

目でおねえさんに合図を送るとおねえさんはコクンとうなずく。
俺は欠かさずにバスストップボタンを連打!

バスが停車するとおねえさんにお礼をいいバスを降りた。
バスの窓の中にいるおねえさんにもう一度お礼をしてバスを見送った。

あたりはもう暗くなっていた、あたりを見渡すと大きい国道の周りには街頭が少ない。
そして俺の知っている北谷はそこにはない。
北谷といえば観覧車や、大きなショッピングモールが並ぶ割と明るい感じ。
しかし、ここには飲食店が国道沿いに転々としているだけで華やかなショッピングモールなどは見当たらない。

ちょうど家族連れが歩いてきたので、北谷はここかと尋ねてみた。
するとたった今彼らも北谷の方から歩いてきたとの事。

「私たちもいま歩いてきたんですけど、結構歩くには距離がありますよ~」

ええぇ!お姉さんがコクンてうなずいたから降りたのに!ここじゃないジャン!
どうやら一個手前のバス停で下車してしまった様子。

地味なミス。

そもそも降りるバス停を知らない時点でどうなんだという意見もありますが、ともかく仕方ないのでそこら辺で腹ごしらえをしつつ宿に電話してみることにした。

宿の電話には誰も出ない。
正直不安になりながらも、飯屋の人に聞くとそこはそんなに遠くはないとの事だったので、タクシーで向かってみた。
ネットで調べた外観と同じだったのですぐに発見。
想像していたものよりずっと期待できる感じ。

宿に入ると用事がある人はこちら。見たいな看板と電話番号が書かれていたのでそこにもう一度電話、
すると店主の人に通じた。
しばらくで戻るから適当にテレビでも見ていてくださいとのこと。
勝手に入っていいのだろうか・・・・・・。

しかしずっとここにいるわけにもいかないのでお邪魔させてもらうことにした。

坂道に立てられている建物だったので、入り口は二階になっていていました。
二階には事務所と風呂と部屋が三つ。女子用の寝室(共同)・男子用の寝室(共同)・個人部屋のつくり。
一階へキッチンと共同スペース。飲食喫煙は共同スペースだけらしいので宿泊者はここに集まるとの事。
俺が降りると女性客の3人組とテレビの前で横になっているおにいちゃんが。
取り合えず会釈をして様子を伺うが予想していた以上に皆さん人見知り。
女性3人組に関してはどうやら日本の方ではなさそうでした。
後々わかったのですが、彼女らは台湾の人で最近台湾の観光客が多いらしい。近いもんね。
お兄さんにも挨拶をしたのですが、人並み以上にシャイボーイらしく、こっちを見て会釈なのかただ動いただけなのかわからないぐらい微妙な挨拶をしていただきました。

とりあえずとても素敵なお友達はそれぞれのことをしているので、俺もとりあえず好きなことをして店主を待つ事に。
幸いにも漫画が充実していたので「ナニワともあれ」を読み出す俺。
一心不乱に読みふけりました。

しばらくするとオーナーさんが帰ってきました。
思った以上にお若い感じの好青年。見た感じ35歳くらいでしょうか。
さすがにオーナーさんは気さくに話をしてくれたので一安心。
一通り施設の案内をしてくれた後に通してくれたのが今日泊まるベットでした。
そこで驚くべきことが。
あまりにもきれい過ぎる。那覇の宿と比べると野宿とホテルほどの違いが。
オーナーに話を聞くと、那覇は狭いからそんな感じになっちゃうらしい、そういう問題でもないきがするが、とにかく手作りの二段ベットを貸してもらいました。
まだシーズンではないのでほかに客はさっきのテレビのお兄ちゃんだけ。
ほぼ一人部屋みたいなもんです。

それにしても手作り感が随所に散りばめられています。
一回の共同スペースには壁に大きな絵が描いてあったり、ベットが手作りだったり、壁には子供の手形見たいのがあったり、風呂場もおそらく手作りて改築してあります。
まぁこれが後で疑惑を呼ぶんですがね。


とにかくその日は島にも入ったし疲れていたので早めに就寝することにしました。
明日はついに本番の結婚式。しっかり買ったばかりのかりゆしはハンガーにかけて寝ました。




2008/08/10

オリンピック。

ホッケーって思った以上にエキサイティングでした。

2008/08/09

オリンピック

好きなんですよね。実は。

特定の競技が好きとかじゃなくてオリンピック自体が好きなんです。
いろんな国のトップが一堂に集まってさらにその一番を決めるなんてドキドキしますよ。ええ。

特に開会式は近年どんどんすごいことになってるでしょう。楽しいよね。
今回なんて空飛んでたからね。花火も尋常じゃない数上げてたしね。
もし2016年に東京でオリンピックやるんだったら是非開会式に行きたいなぁ。
そのときは8年後だとして40歳手前か・・・。

前回のアテネの時は養老乃瀧でバイトをしてたもんだから、
3時起床⇒4時出勤⇒翌深夜1時退勤⇒帰宅後6時までオリンピック鑑賞って生活を続けてたもんね。
今回はどれだけ見れるかわかりませんが、取り合えず今見ているウエイトリフティング女子48KG級が案外面白い。
オリンピックのマイナー競技をひたすら放送するって番組があってもある程度数字が取れる気がするんだけど。





2008/08/04

事故。

大変です。

たった今、写真管理でメイン稼動しているiMacG5がプツンという音ともに起動しなくなりました。

なんとなく電源周りが怪しいです。
とりあえず部屋がサウナ寸前なのでそれに関係してるかも。

今までHHDの故障などを乗り越えてきたiMacですからきっと復活してくれることを切に祈ります。
というか先月分の写真のバックアップをサボっていたので本当に勘弁してほしいです。

クーラーを買うか、それとも新しいPCを買うことになるのか・・・。

金なんてないのに!


畜生!!


-08-08-05-追記-

帰って試しに起動したら普通に立ち上がりました・・。
とりあえずバックアップを真っ先にとっておきました。

暫くは様子見です。
バックアップが撮れただけでもありがたい。




2008/08/03

なつ。

沖縄も含めて書くネタはたくさんあるんだけど、筆がぜんぜん進みません。

更新欲が出てきたらキットまとめて書くと思います。

沖縄くらいは七月中にうpしたいと思ってたんだけどな・・・。


2008/07/23

2日目後半

俺だけを乗せたマイクロバスは山道を15分くらい延々と走る。
あまりにも田舎道を奥へ行くので、途中お兄さんの見せる笑顔の裏に隠された闇を想像したが、
まもなく何件か宿が集まっている集落へ到着。
するとフェリーの中で見慣れた顔が。。。
どうやらこの島に訪れる人たちの目的はマリンスポーツらしい。
どの宿も表にはウェットスーツが乾してあったり、酸素ボンベが並べられてたりとマリン丸出しだ。

とりあえず目的の無い俺は適当なところで飯を食い(海鮮チャーハン)レンタカーを借りる事にした。
余談だが、海の家を筆頭にレジャー施設での昼食は

まずい
少ない
高い

と相場は決まっているが、沖縄はその対極に位置しているらしい。
今回の旅で味はともかく、少ないと高いに触れたことが無かった(一部を除く。一部に関しては最終日に・・)
海鮮チャーハンもしかりで、沖縄とは関係なかったが非常にうまかった。

で、レンタカーを早速借りると受付の人が島の案内をしてくれた。

うん。ゴーカートのコースみたい。

とりあえずこの地図を見て欲しい

大きな地図で見る

とにかくアスファルトが極端に少なく、車が走れる道が限られているので道に迷う心配だけはなさそう。

北が高くて景色が良い。、南は低くてビーチがある。
この二点だけを頭に俺は車のアクセルを踏み込みました。


まず向かったのは景色のいい北の側。
地図で見ると「国立気縄青少年交流の家」と書かれた敷地内。

これがどんな敷地かも分からずにとりあえず突き進みました。
そこで見たものは・・・・





そう、海と空と島だけの景色。
正直何の感想もありません。
自分が小さな存在に感じ寂しくなりました。

特にすることも無いのでそのまま南下。

すると途中でなんかの石碑を発見。とりあえず寄ってみることに。
そこには既に一台の車が止まっています。
塀で囲まれた鉄格子の扉の向こうに石碑を発見。
塀にはこう書かれていました。

「ハブが入るので必ず扉を閉めてください。」

この場合塀の囲いの中にハブが入るからなのか、塀の外にハブが出るから扉を閉めるのか若干状況が掴めませでしたが、とりあえずここの藪は危険なんだなと言うことが認識できました。
とりあえず言われた通りに扉をキチンと閉めて中に入ると先ほど扉の外で見た車の持ち主と思われるおじさんが石碑を真剣に見つめています。
どうやらおじさんも一人で来ている様子。
俺の存在におじさんが気が付くと、そこに流れる微妙な雰囲気。

わりとその場は広いのかなと思ったら20平米くらいの石碑と横に置かれている石碑の説明文の看板のみ。

そして二人の男(どちらも一人。)

なんだ!この状況!
とりあえず目が合ったので会釈をして微妙な距離感をとる。
お互いに凄く警戒している。

やがておじさんが俺が入ってきた扉から出て行く。

俺はおじさんの姿が見えなくなるとやっと緊張が解け、石碑に目を移す。




「集団自殺跡地」

確かに石碑にはそう書かれていました。

何なんだよ。さっきのおじさん何しに来てたんだよ一人で。
歳の感じだと40前後だったと思うので、直接この石碑に関係している人ではなさそうだし。
車も「わ」ナンバーだったのでレンタカーだし。
何しにきてたんだ!火サスだったら容疑者候補間違いないタイミングだろ。

まぁおじさんにしてみたらそっくりそのままオマエに返すと言われても仕方ないのですが。

折角きたので、石碑の横にあった何故この石碑が立ったのかを説明する看板に目を移した。


「米兵が沖縄を攻め挙げて、海からミサイルを山ほど撃って来た。やばいから民間の人たちは島の真ん中へ追いやられていく。
日本軍もジリジリとその力を失っていた。その間米兵は島の人間に降伏を要求するが、日本軍から民間人には鬼畜米兵に捕まれば拷問の日々であると教える。いよいよ米兵が島に上陸しダメだという時に日本軍は捨て身の攻撃を。民間人は生きて米兵に捕まるかと自害を決意する。しかし子供が自殺できるわけでもなし、そういった場合は大人が子供を自ら手にかける。青年にも満たない年齢の少年達は自分で自害するものもいたが死に切れずに一晩中ウーウーとうなっていたらしい。その声を聞いた米兵が偵察隊を向かわせると、そこには折り重なるようにして死体や死に切れずに内臓を引きずった人間がいたらしい。米兵がそういった人間に手当をし、手遅れのものには痛み止めを打って手厚く葬ってやると一人の女性が泣き崩れた。話を聞くと自らの手で娘を手にかけて自分も死のうと思ったが米兵に助けられた。もう少し早く米兵が来てくれていたら娘が助かったのに。」と。

それが今まさに俺が立っている場所で。
まさにこの場所で起こった出来事らしい。

俺はとりあえずその文章を読み終わると、真っ青な空を見上げて大きくため息をついた。


「明日の結婚式が凄く心配!」

笑顔を忘れてしまう前に石碑に一礼をしてその場を後にした。

すると先ほどの車の姿が無く。おじさんも勿論その場にはいなかった。

全くもって彼の存在は未だに謎である。
多分俺もそう思われていると思うけど。



気分を切り替えて、島の東から西へグルッと回る形でまた港の方に帰ってきました。

レンタカーを借りてここまでの所要時間は実に50分ほど。
時間の悪戯にここで俺が感じたのは

「まずい。これは持て余す。」

レンタカーを借りて自由になったと思ったのはつかの間。
早くも自分は生簀の中の魚だと気が付いてしまいました。
帰りのフェリーまではまだ2時間以上も時間があるのです。

しかしまだ南のビーチゾーンには足を踏み入れていません。
ビーチゾーンに期待をかけそのままビーチへ、
さっきレンタカーを借りた場所をそのまま通り過ぎ、車で行ける最南端まで車を走らせました。

そこには駐車場と小高い丘へ向かう舗装された階段。
ビーチの横には日よけの屋根が付いたベンチ。
原動付き自転車。
全身真っ黒な黒のブーメランパンツをはいたアニキ風の角刈りの男性。

沖縄

なんなんだこの島は。
行く先々で男を見る。しかも一人で。

今度にいたってはアニキでブーメランの角刈りって。
完全にくそみそフラグが全開です。

トイレにベンチに角刈りって完全に沖縄版くそみそ。

俺は過剰に警戒をし、しばらく遠くで彼の挙動を見守っていましたが、かれは何をするわけでもなくブリーフ一枚で海を見つめています。
しかしここで下手に動いたら何をされるか!
誰もいないこのビーチで叫んだって誰も助けてくれない。
今だからネタにできるが、その場にいるときは本当に怖かった・・・。

しばらくするとアニキが原付にのって何処かに行ってしまったので俺はアニキのいた屋根の下に移動。

すると素晴らしい海が眼下に広がっていました。





思わず嬉しくなって階段を駆け下りて海へ向かいました。

沖縄に来て初めて海に触れた瞬間でした。



しばらく一人で海で遊んでいると日差しがいよいよやばくなってきたので屋根のところへ避難。




しばらく海を眺めていました。




するとカップルとガイドさんらしき人がやってきました。



きっと俺がアニキに感じていた不信感と同じ位に彼らに不信感を与えていたと思います。
だってその証拠に、彼らは海に行かずにその場をすぐに立ち去ったから。
まぁいい。俺は自由なのだから。


どのくらいそこにいたのか。
もう来るまでいけるところは行ったので、する事がない。
水着を持ってきているわけでもないので海に入れない。

だから海を見る。


そんなことを一時間ほど続けたあたりで飽きたので時間は早かったがレンタカーを返すことにした。

車に乗って10分も立たずにレンタカーを借りた場所に戻ってきたので、とりあえず近くの喫茶店でコーヒーでもとアイスコーヒーを飲んでいると、これまた浅黒いおじさんが声をかけてきたので世間話。
おじさんは昔東京にいたが今はこっちで暮らしているとの事。
そういえば昨日那覇で飲んだバーのマスターに面影が似ている。

それでも時間を持て余したのでレンタカーを借りた場所にあったパソコンでブログの更新。

何はともあれ帰りのフェリーの時間に相成りました。



きた時と同じフェリーでとまりんへ帰港。
とりあえずフェリーの旅を楽しみつつ「次は泊まりでこの島に来たいな」と自分の勉強不足さを悔やみました。

帰りのフェリーは来たときの面子が若干少なくなった感じ。
結構日帰りの人が多いみたい。

沖縄




とまりんに戻ってきたのが17時ごろ。
とりあえず風呂に入りたかったので、タクシーに乗り込むなり運転手さんに
《風呂が入りたいんですけど》
と告げると例の如くピンク風呂の事と間違われる。

ああ。またかと。俺が風呂と言えばそっちなのかと。
とはいってもハタから見たらそう見えるだろうし、そういう歓楽街が近い場所柄間違えられても仕方ないのですがね。

シッカリ銭湯だと告げると地元の人が使うような銭湯を紹介していただきました。


わりと新しいつくりの銭湯で、スーパー銭湯の規模を小さくしたようなそんな感じの銭湯。

店の前で下ろしてもらうと、白髪のセレブ系おばあちゃんに声をかけられました。
どうやら俺の頭に興味を示した様で頭の仕組みをネオリハオリ聞かれました。

おばあちゃんは口調もハッキリしているのですが足が悪いようで、店の中からコロコロとした感じの若い女の子がおばあちゃんを迎えにやってきました。恐らくそこの店員さんの様です。
そのおねえちゃんがフレンドリーでまた頭の仕組みについてネオリハオリ。

とにかく俺の頭は初期投資に金がかかったが3年間自前で手入れしているので、その間の美容院代はかかりません故、年間ベースで考えれば安いですよ!と説明し風呂の中に。

客層は割りと高めで、若い人は少ない感じでした。

全身日焼けをしていたので熱い風呂を避けてぬるいジャグジーで疲れを癒していました。
ここは天国かと思うくらい気持ちよかったので完全に気を許していると、さっき入り口で会ったコロコロしたお姉ちゃんが目の前に。
水質調査なんですといって若いねーちゃんが男湯に普通に入ってくるとは…。沖縄恐るべし。
沖縄と言うかそのねーちゃんの問題な気がするけど。



風呂から上がると携帯に見慣れない番号から着信。

かけなおしてみると明日予約していた宿からでした。
日程の確認の電話かなーなんて思っていたら予約が今日になってるけどチェックインまだですか?って。

あれ?おれうっかりさんでした?

どうやら間違えて予約をしてしまったようです。
宿的には明日でも問題ないとの事だったので、行けたら行きます。と友達との飲み約束みたいな予約をして銭湯の按摩器に揺られていました。

疲れもだいぶ取れたので銭湯を出ることに。

銭湯を出たところでいきなりおばあちゃんに声をかけられました。
ガラガラを押していたおばあちゃんが俺の横に来て俺を見上げながらこういいました。

「まんじゅうあるから食うか?」

ちなみに初対面です。
間違いありません。初対面なのに饅頭を俺に勧めてきました。
開口一番です。

俺が意味が分からず戸惑っていると、
「いらねぇならいいンだ。」と少しふてくされながら、出しかけた饅頭をビニール袋にしまい、その場を立ち去りました。
俺は狐につままれた気持ちでしばらくその場に立ち尽くす。

いったいなんなんだ。

饅頭をくれかけたばあちゃん。その左手の袋には確かに饅頭が!



明日の為に着る「かりゆし」を探しに国際通りへ。





足のキレイなお姉さんが店先に立っているかりゆし専門店へ流れるように入りました。
とりあえず俺に合うサイズがあるかを真っ先に聞くと自信を持って
「うちは5Lまでありますから!」と。
俺は今までジャパニーズ基準のLLやXXXLに騙されてきたのでまだ安心していません。
とりあえず5Lとやらを試着させてもらうとこれ以上太ったらアウトーな感じなベストサイズ。
すると後は柄を選ぶだけ。足のきれいなお姉さんと無駄に話しながら楽しいショッピングの時間。

完全に店の人に乗せられて当初の予定よりもかなり高い値段のかりゆしを購入。
普段一万を超えるようなシャツを買わないのに・・・。こんなに生地が薄いのに冬場に着ていたパーカーが2着買える値段しました。

お姉さんの接客料だと思えば安いか?柄や肌触りは高いだけあって悪くないのでまずヨシとしました。

そしてその日の宿も決まっていなかったので(本当は決まっていた)、さっき電話をしてくれた宿に泊まることにしました。
よって目指すは北谷行きのバス。
乗り場はさっきのお姉さんに聞いていたので迷うことなくバスに乗り込みました。



今日はここまで。
次回は2日目~北谷へ~をお送りします。

というか部屋にクーラーが無いので意識朦朧とこの文章を書いております。
誤字脱字があっても面倒で直していないので悪しからず。
この夏で沖縄の日記が書ききれるのかが凄く不安。